腐女子審神者(プレイヤー)が山姥切長義に成り代わる話





はぁ、と手を動かしつつも溜め息を吐いた。全く、何で俺が偽物くんなんかと倉庫の掃除をしなければならないんだ。倉庫の掃除は内番に無い筈だろう!?
これが別の場所なら余り文句もないのだが、倉庫ここは薄暗い上に埃っぽいのが嫌だ。これならまだ馬や畑当番の方がマシ……いや、どれも拒否したいな。思わずくそくそっと悪態をつきつつ手を動かしていくが、それが悪かったのか。うっかりと何かに躓いて足を滑らせてしまい、倉庫の中に強打音が響き渡った。
「山姥切!?」
音を聞きつけたのか、偽物くんが慌てた様子で駆け寄ってくる。大丈夫か?と心配そうに尋ねてくるのを何処か他人事の様に聞いていた。
「動けるか?何なら手入部屋に……」
――それはぱちん、と弾けるかの如く。俺が知らない、『私』の記憶が流れ込んでくる。一気に蘇って来たその記憶が今迄の記憶と混じり込んでいく。膨大な情報量に、覚醒したての今の俺が耐えられる筈もなく。己を呼ぶ声を耳にしながら私は意識を手放した。


***


次に目が覚めた時、そこは自分の私室だった。見慣れた場所であるが、『私』の記憶が戻った今はとてつもなく違和感を感じる。
『私』にとって、俺は二次元の存在だった。『私』がプレイしていたゲームのキャラクターが今の俺だ。
「……成程、これがよく夢小説である成り代わりか」
詳しくは知らないのだけれど。まあでも、オタクとして二次元に入るのは夢だ、そこは素直に喜ぼう。実感がまだなくとも。
それに本歌山姥切は、ほぼ審神者を引退していた様な状況だった『私』を本丸に戻らせたキャラクターだった。偶々ゲームの最新情報を見た『私』は、今までと違った実装にちょっと興味がそそられてネタバレ画像を見た。見た結果、『私』の好みの外見で。直ぐ様ログインしてイベントをクリアしたのだ。
そんな『私』が、俺に。
「――山姥切、目が覚めたのか?」
うんうんと悩んでいると、障子が開く音と共に聞き覚えのある声が聞こえる。そちらに視線を向けると、そこには予想通り偽物くんの姿があった。嗚呼、この偽物くん極めてるのか。『私』は修行に出していなかったので割りと新鮮である。くにちょぎにハマってたので某投稿サイトを漁っていたから姿は知っているのだけれど。
「?どうかしたか」
まじまじと見つめる俺に、偽物くんは訝しげに問い掛けてくる。うーん、矢張り偽物くん、
「――顔良いな」
「……えっ」
「え?……あ」
あ、マズいと。きっと俺の顔はサッと青褪めていただろう。口に出したつもりはなかったのに出ていたらしい。ぽかんとした様子の偽物くんを見て、俺は慌てた。今までの俺からすると、俺はこんなことを云わない。そもそも『回想』が終わってから俺はもう何も偽物くんと話すつもりはなかった。のに、
「山姥切、今、」
「は?偽物くんの聞き違いだろう。それよりも、多分あの状況からして偽物くんが俺を運んでくれたんだろう?一応礼は云っておく」
俺が俺じゃなかったらくにちょぎだ!と喜んだだろうに、嘆かわしい。
そんなツンデレっぽく突き放した物言いをすると、先程まで呆然としていた偽物くんはそうか、とだけ呟いて笑った。
「……何なんだよ」
「いや、別に。……主には俺から報告しておいた。残りは俺がやるから問題ないぞ。だから安静にしていろ」
「別にもう、」
動けると反論しようとしたが、偽物くんがそれよりも先に動いた。おい!と声を投げつけるも偽物くんは部屋から出て行く。残されたのは俺独りで、しんと部屋が静まり返った。
「…………はぁ」
本当に大丈夫なのだが。そもそも気絶したのは大量の情報に脳の処理が追いつけなくなっただけであり、頭を打ったからではない。だからもう動いても支障はない。なのに昼餉まで何をしていろと。
そもそも、偽物くんに借りが出来るのが嫌だ。『私』としての感情は別に構わないのだが、俺としての感情は偽物くんに貸しを作るのは兎も角借りを作るのは避けたいというのに。
「……いや待て。『私』としてもこの状態は避けたい、かな」
俺が俺である以上、くにちょぎには萌えられない。他所本丸のくにちょぎにしか無理だ。それ故に、俺が取る行動はただ一つ。それは――くにちょぎフラグを叩き折る事だ。
自分では萌えられない。寧ろ拒否反応が酷い。『私』に夢耐性はないんだ。
まぁ、そうと決まれば。
さっさと偽物くんに借りを返して、もう偽物くんには関わらず、あわよくば『私』がハマっていた他CPはこの本丸で成立していないか観察する。成立していなくても、折角二次元の世界に来たのだ、楽しまないとね。
それが『私』を思いだした、今後の俺の生き方だ。