僕は、黒子です


※人外設定
※設定の都合上、原作と呼称の違い・設定の乖離注意


1



――君に、お願いがあるんだ。何もかも、君にあげる。だから、

『――――』



「――…、」
「?黒子っちどうかしたんっすか?」
「え、あ、いえ。何でもありません」
いけない、ぼんやりしていた。……嗚呼そうだ、思い出した。今は昼休みだ。屋上で部活のミーティングを兼ねて一軍レギュラーで昼食を取っているのだった。
「黒ちんがぼんやりしてるとか珍しー」
「失礼ですね、僕だってぼんやりする時だってあります」
ただ普段、気を張っているだけで。はぁ、と黒子テツヤは気づかれない様に息を吐いた。
「……それで、黒子。俺の話は聞いていたか?」
「……済みません」
赤司が溜め息を吐く。仕方ないな、と再び彼は口を開いた。
この生活も、いい加減あきてきたな。
そろそろお暇してもいいですかねぇ、と赤司の声を聞きながら黒子は箸を動かす。そうして適当に話を聞きつつ聞き流しながら、ああだこうだ云い合ってミーティングが終わる。
「黒子?」
「あ、僕はまだ、ここに。食べ終わってませんし」
「え?今日は遅いんっすね。俺待っとくッスよ!」
「帰って下さい」
それぞれ空になった弁当を持ち立ち上がる中、一人だけ立ち上がろうとしない己に疑問を抱いたのだろう赤司が訝しそうにこちらを見遣る。気にしないで下さい、と黒子がそう告げると、黄瀬が食いついた。思わず顔を顰めそうになるのをぐっと堪える。一人になりたいのだ、放って置いて欲しい。そんな事、はっきりとは云えないが。
いいから帰れと半ば追い出す様な形で皆を見送り漸く一人になると、黒子はざっと周囲を見回した。本当に自分以外に誰も居ない事を確認すると、黒子は初めて、フェンスの上に留まっている鴉に視線を向けた。
「――御久し振りですね」
ふはっ、と声が響く。それと同時に、鴉は光となってその姿を再構成した。光が収まると、先程まで鴉の姿をしていたそれは一人の男の姿となってフェンスに腰を掛け、こちらを嘲笑うかのように見下ろしていた。
「よぉ、ヴァナルガンド。いや、黒子だっけなぁ?」
「盗み聞きとは悪趣味ですね。流石悪魔」
「はっ、盗み聞きってのは隠れてやるもんだぜ」
「……まぁ、その点では貴方は堂々としてましたけれど」
黒子以外誰も、フェンスの上に留まっている鴉を気に留めなかっただけだ。厭味ったらしげに鼻で嗤う彼を無視して、黒子はフェンスに凭れ掛かった。
「んで?何時まで続けんだよ」
「貴方には関係ないでしょう。……と、云いたいんですが。確かに飽きつつありますからね」
黒子が黒子≠ノなってから何年経ったのか。最初はあっという間だと思っていた。いや、実際そうだ。人間ではない自分達にとっては。然し、それももう飽きてしまった。期限を決めなかったのがいけなかったのだろうか。それを訊く前に”黒子”は居なくなってしまったのだが。
「……嗚呼、そうです!」
「……ンだよ」
ふと、いい事を思いついた。思わず顔を輝かせれば、鴉だった男が嫌そうに声を洩らす。
「貴方も人間のフリをして下さればいいんですよ!」
「ふざけんな、何でテメェに合わせなきゃなんねーんだよ」
「いいじゃないですか。ちょっとした暇つぶしだと思えば。貴方今契約者いないでしょう。……今迄と何ら変わりはしませんよ。ただ、人間達に紛れて同じように過ごすだけです。あ、どうせならバスケして下さい。上手くいけば対戦出来ますし、ほら、貴方僕の悔しがる顔が見たいんですよね?バスケで戦って貴方が勝てばそれも可能ですよ」
「………………。いいぜ。但し、俺のやりたいようにやる。勝てば何だっていいだろ?バレなきゃ問題ねぇ。それを認めないってなら、他をあたるんだな。あいつなら喜んで付き合うだろ」
交渉は成立だ、ふふ、と黒子は笑った。暫くは退屈から抜け出せそうだ。あぁ、なんていい日なのだろう!
「じゃあ、人間としての名前が要りますね。……花宮、真。何てのは如何かですか?」
「どうでもいい。お前から、ってのが気に食わねぇけど」
「おや、暫くそれで呼ばれるんですよ?まぁ、貴方が納得してるならいいんですけど」
今読んでいる本の登場人物の苗字と名前から組み合わせる。渋々といった反応をされたが、まあ代替案も出されていないしこれでいいのだろう。ふん、と鼻を鳴らしライム――花宮は再び元の姿となって空を飛んで何処へ消えていく。完全に姿が見えなくなってから、黒子は置きっぱなしの弁当を拾い上げた。……嗚呼、そうだ。
「やっぱり、彼も誘いましょうか。バスケに興味示してましたし」
鷹の翼を持った男を脳内に浮かべ、黒子はくすりと笑った。






2


「ちょっとちょっと、どうなってんのよ!?」
「……おや、お久しぶりです」
屋上でぼんやりと過ごしていると空から声がする。気だるげにそちらを見遣れば、見知った顔があった。
「そんなに慌ててどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも……ぶらぶらと散歩してたらライムがてっちゃんみたいに人間のフリしてたんだけど!?」
あぁ、と黒子は呟く。彼には申し訳ない事をした。本来なら目の前の彼も誘うつもりであったのに、予期せぬ出来事が起きて完全に忘れていたのだ。
「そンで、話聞いてみたらどうやらてっちゃんと同じ部活やってたみたいだし?どうせてっちゃんが誘ったんだろ?俺には何の誘いもなかったけど!」
「済みません。本当は花宮、あぁ、彼の名前花宮真になりましたので今後はそちらで呼んであげて下さい。それで、花宮さんを誘った後に君も誘うつもりだったんですけど、予想外の事が起きてしまってすっかり忘れてしまいました」
正直に伝えれば、ひっでー!と彼が声を上げる。否定は出来ないので、済みません、ともう一度謝罪した。
「……んで?その予期せぬ出来事って?」
「嗚呼、それ聞きますか?実はですね、部活メンバーであった青峰大輝って人がどうやら才能開花したようでして。そこから次々とチームの輪が乱れ始めたんですよ」
青峰は試合以外、部活に来なくなった。それを切っ掛けに他のメンバーの才能開花が始まり、皆が自分以外を必要としなくなったのだ。必然的に前みたいに集まって食事を取るということもなくなり、黒子は一人で食事をしている。今日も此処で一人食べ終えた所だ。
「ふぅん。……どっちにしろ結局、黒子≠ヘ必要なかった訳か」
「……まぁ、そうなりますね。最も、僕は黒子ですけど、黒子≠ナはないんで何とも思ってはいませんけれど。云うならば、」
どうでもいい。僕は約束≠果たす為に、此処にいるのだから。
「ふぅん、あいつらも可哀想だな。どうでもいい存在だと思われてるなんて思いもしねーだろ」
「さぁ、どうでしょう。少なくとも今はお互いそう思っているんじゃないですか?」
チーム行動なんてくそくらえ、状態ですしねぇ。
脳内に彼らの姿を思い浮かべる。最近の彼らは自分達より劣った他者を小馬鹿にする傾向にある。正に傲慢だ、人間らしいとは思うけれども。
「……あ、ちょっと思いついたんだけどさ。てっちゃんはまだバスケ続ける?」
「はい?まぁ……そうですね。一応は」
「ならさ!あいつらが見下す凡人が、彼ら天才を倒したら面白いと思わねぇ?自分達が見下していた奴らに、見下していた自分達が負けるんだぜ?これって俺ら悪魔からしたら最高の喜劇だろ!」
「……成程。少なくとも花宮さん向けのシナリオですね。序でに今の彼らの魂はあの人好みでしょうし」
まぁ尤も、その為には花宮には負けてもらわなければならないのだが。
だが、まぁ。先程云った通り花宮向けのシナリオなので赦してくれるだろう。赦されなくても関係ない、悪魔とはそう云う生物だ。例え同類であっても、己の欲望を邪魔するのなら容赦はしない。
「そうなればやる気が出てきましたね。彼らがああなって僕も御役御免になって終わりかなと思っていたのですが。こうなれば、黒子≠フ可能範囲内で練習しなければ」
「でさー、てっちゃん。勿論その劇、脚本提供者である俺も参加してもいいよな?」
……これは拒否しても無理矢理参加するつもりだ。その証拠に、目の前の彼はにこりと笑っているが、その眼は一ミリも笑っていない。どうやら誘われなかった事を相当根に持っているらしい。黒子は、彼のその顔が苦手だった。
「その顔止めて下さい。……でも僕とは違う学校にして下さいね。序でに初対面という設定にしましょう」
「ちぇー。……ならさ、あの緑髪の奴ってどこの高校行く?」
「緑間君ですか?確か……秀徳だった気がしますが」
以前調べた時の記憶を辿る。残りのメンバーは確か、黄瀬は海常、青峰は桐皇、紫原は陽泉、赤司は洛山だった筈だ。
「なら俺そいつと同じとこ行くわ。前々から面白そうな奴だと思ってたし。そンで!俺の名前決めてくれよ」
あいつばっかずりぃーと彼がぼやく。……別に名前を付けるのは構わないが、何処に羨ましい要素があるのだろうか。
「え、僕がですか?そうですね……」
花宮の時と同じく、本の人物の名前を弄ればいいかと今読んでいる本の登場人物の名前を思い浮かべる。悪魔だというのに、目の前の彼はわくわくと犬の様にこちらの答えを待っていた。
「……高尾……、和成、というのはどうですか?」
「ふんふん。高尾和成ね!りょーかい」
彼、いや高尾和成は打って変わって上機嫌になる。そんなに名前が欲しかったのだろうか。いや、バスケが出来るからか。はたまた緑間と接触できるからか?
いや、まぁ、いいか。
これで、忘却していた件はチャラにしてもらおう。






3


無事に中学を卒業し、それぞれ別の学校へ進んでいく。時が経つのは早いですね、とぼんやりと思考しながら本日入学する学校の敷地内を歩いた。在校生は新人部員の勧誘で忙しそうだ。ご苦労様なことで、と黒子は横目で思う。
いよいよだ。手に持った本で口元を隠しながら、黒子はほくそ笑む。愉しみで仕方ない。彼らはどんな反応をするのだろう。絶望するだろうか、それとも怒りか。どちらにせよ悪魔にとっては好ましい反応だ。その反応を得るために高尾と逢ったあの日から今日まで御役御免になった筈の黒子≠ニして過ごしてきたのだ。
「……まぁ尤も、僕≠止めても暇になるんですけど」
どっちにしろ、退屈だったのには変わりないか。脳裏に過ぎった思考を掻き消す。そろそろ黒子≠ノならなければ。
期待に胸を膨らませながら、黒子は目的地へと足を運んだ。


***


「……いや本当、どうなってるんですかね」
わくわくと部活に行ってみれば、そこでお仲間≠見つけた。
別に、本来なら特に気にすることはない。珍しいなと思うぐらいだ。だが、今回はそうはいかない。
黒子は凡人が天才を倒すという劇を公演するのだ。そこに人ならざるものが居ては駄目なのだ。だからこそ、黒子も黒子≠ニして振る舞っている。というより黒子≠ナはなければ駄目なのだが。相手はどういう目的でここにいるのか。取り敢えず、交渉しなければ。向こうも気づいているだろうから、接触はある筈だ。本日は顔合わせで終わりらしいので、解散後早速仕掛けようか。
「火神、くんでしたっけ。――お話し、いいでしょうか」
「……あぁ、いいぜ。……こっちも用があるしな」
周囲がざわりと騒がしくなる。正反対な二人だからか。その視線を不愉快に感じつつもおくびにも出さず黒子達は他の部員を置いて体育館を出た。
校内を出て探したのは人目のつかない場所だ。市内はまだ帰宅する生徒や買い物に来た人達がいて無理そうだ。
互いに無言で歩き続ける。軈ていい感じの街の喧騒から離れた場所を見つけた。漸く本題に入れそうだと黒子は足を止めて背後を振り向く。
「さて。僕も君も云いたいことはあるでしょう。先に聞きますが、」
「ぐだぐだうるせーよ。俺が云いたいのはただ一つだ。――俺の邪魔するんじゃねーよ」
「……はぁ、全く。君の邪魔は基本するつもりはありません。が、君が僕の邪魔をするかもしれない。だからこうして交渉しにきたんじゃないですか」
苛々とした様子の火神に、黒子は溜め息をついた。黒子自身は彼に敵対心はないと云うのに。尤も、邪魔をしなければ、の話であるが。
「そもそも、君の目的ってなんですか?」
互いに目的は知らないのだ、それを聞かない限り邪魔するも何もないだろう。
「決まってんだろ。俺よりつえー奴をぶっ潰すんだよ」
「……つまり、キセキを倒すつもりですか?」
「あ?キセキってなんだよ?今の俺より強いのか」
「君の強さなんて知りませんよ。……というより、キセキを知らないんですか?バスケをやってる人なら有名なんですが」
全中。興味なかったので詳しくは知らないが、あの大会が切っ掛けで彼らは有名になった。学校自体は元々強豪で有名ではあったが、彼らのおかげで更に話題になった筈だ。
「中学はアメリカに居たんだよ。へぇ、キセキか……」
「天才って云っても、彼ら人間ですから悪魔である君の方が強いとは思いますけどね」
「……それじゃ意味ねーんだよ」
思わぬ火神の反応におや、と思う。もしかして、これは。逸る気持ちを抑え、黒子は努めて先程と同じ様に何故かと尋ねた。すると、予想通りの言葉が返ってきた。
「決まってんだろ、俺が人間として勝たねーと」
「……良かった。なら僕らは争わずに済みます」
あぁ、本当に良かった。無駄な労力を使わずに済みそうだ、と黒子はほっと胸を撫で下ろした。あ?と返答する彼に黒子は自分の目的を話す。凡人として天才キセキに勝つこと。その時、キセキ達はどういう反応をするのだろうかと。話を聞き終えた火神はただ一言、渋い顔をして呟いた。
「性格わりーな、お前」
「大体皆こんな感じでしょう。君は人間に染まってますね」
恐らく花宮にもこの事を話したら、彼は同じ事を云うだろう。ただ、同じ言葉でも花宮は自分達はそういう生物だと自覚しているのに対し、目の前の彼は純粋に、言葉通りだという違いはあるが。基本、悪魔という存在の性質は自分が愉しければよく、それによって相手が損なおうがどうでもいい筈なのに黒子≠ニいう役者を演じているに過ぎない黒子と違って、火神は人間≠ニしてそう云っている。本当に彼は、ヒトに染まっているとしかいいようがない。
「はぁ?そうか?」
不服そうな火神にそうですよと返す。何時か、自分もそう思える日が来るのだろうかと、何となくそんな思考が脳裏を過ぎりながら黒子は話を続けた。
「まぁそれは置いといて。お互いに問題はないと思いませんか?僕の目的はキセキに凡人、つまり人間として勝つこと。君の、人間として勝ち続けるという目的は一致してます。キセキかれらは強者ですから」
「……あー……まぁ、わーったよ。お前の本来の目的には共感できねーけどな。足引っ張んじゃねーぞ」
「はい、黒子≠フ範囲内で頑張ります。……所で個人的に気になったんですが。何で人間としてなんですか?拘っているみたいですけど。もしかして契約関連でですか?」
あくまで見下していた凡人に負けた時の反応がみたい黒子と違って、火神は人間としてでなくてもいい筈だ。というよりも、本来の力を振る舞っていた方が圧倒的に自身が強者だ。人間以上の力を持つのだから、人間では勝てない。人間を止めたなら話は別だろうが。なら後は、そんな契約したからとしか思いつかない。
「はぁ?ちげーよ。契約はもう随分としてねぇ。……バスケが気に入ったんだよ。それからずっとこっちでバスケやってる。昔はあれだったけど……まぁ色々あったんだよ」
「そうですか」
これ以上は話してくれなさそうだ。黒子はそれ以上突っ込むのを止めた。もしかすると、彼が妙に人間くさいのは長い間こちらに留まっていたからかもしれない。
「つーか俺ばっか聞くけど、そういうお前はどうなんだよ。なんでお前は黒子≠ネんだ?そっちこそ契約かよ」
「いえ、僕も契約ではないですよ。彼……黒子≠ヘ契約はしませんでした。僕が僕≠ネのは、約束したからです」
「……約束?どういう事だ?」
成程、と納得していると火神が不思議そうに尋ねてくる。それに対し黒子ははい、と笑った。彼なら、人間らしさを手に入れた彼はどう考えるのだろうか。
「ねぇ、火神くん。」
君は、もし自分が大好きなのに上手くいかなくて、自分だけ周りから取り残されて。絶望の中最後には周りから才能がないから止めた方がいいと云われたら、どうしますか。
「……何だそれ。そんなの――」
当たり前な事を聞くなと言わんばかりに火神は答えてくれる。それが何か関係あるのかと不満げな火神に、黒子はふっと笑った。


「それが彼との約束――、僕≠ノなった経緯ですよ」