ナイトメア症候群
「――こんばんは。またお逢いしましたね」
目の前に広がるのは星々が煌めく夜空。そこに蒼い男が蒼炎を宿した白銀のランプを持って立っていて、その端麗な顔をゆるりと綻ばせた。女性ならあっという間に虜になるだろう青年に、空はこんばんは、と返した。
これは、夢である。
ここ最近見るようになった夢。星空以外何もない草原にその人は居て、揺らめく蒼炎と合わさってとても幻想的だった。初めてその夢を見た時はまるで番人みたいだなと思ったものだ。けれどもその場合、彼は何を守っているのだろうか。
「こんばんは、フリンズ。今日もお邪魔?するね」
「貴方を邪魔だと思った事なんてありませんよ。今日も逢えて光栄です」
そんな大袈裟な、と笑って彼と向かい合う様に座り込む。
彼――フリンズはとても紳士的だ。自分みたいな年下にも丁寧に接してくれているし、何より優しくて話しやすい。彼と他愛のない話をしている内に目が覚めて、現実に戻るのがここ最近の日常だった。
……ただ、少し引っかかる事がある。日に日に、夢の世界にいる時間が長くなって、起きるのが遅くなってきているのだ。今まではスマホのアラームをセットして時間通りに起きていたのに、このところアラームを過ぎている。お兄ちゃん最近起きてくるの遅いね、なんて妹に云われる始末だ。今はまだ寝坊して学校に遅刻、なんていう失態は演じてないが、そろそろ焦るべきかもしれない。
「……寝たく、ないな」
フリンズとの会話は楽しい。楽しい、けれども。このままだと取り返しのつかないことが起こるような、そんな気がする。
だがずっと寝ないなんてことは無理だ。そんな事は解っている。でも、それならば、どうすればいい?
「――ふむ。そろそろ潮時でしょうか」
「……え?」
背後で声がする。振り返っても自室の壁があるだけで誰も居る筈がない。なのに、どうして、星空が、
「空さんはナイトメア症候群というのをご存知でしょうか」
「え、は、なに……?」
何時の間にか入り込んでいた夢の世界に慌てる己を見てもフリンズは何の反応も見せず、何時も通り穏やかな態度で問い掛けてくる。だが当然、それに返答する余裕などない。どうして、と呟く己を見つめて、彼は続けた。
「夢から目覚めず、ずっと眠り続ける病気の事です。発症の初期段階は普段夢を見るのとなんら変わりはありません。然し症状が進むにつれて何時の間にか夢を見ていて、誰かに起こされても起きるのが遅くなっていく。そうして最終的に夢の世界に閉じ込められるそうですよ」
「……」
「彼らが見る夢の内容は共通点があるんです――夢の中で、誰かと逢って話をすること。誰か、というのは人によりますがね。男か女か、子供か大人かというのは」
「そ、れって……」
ええ、そうですよ、と。相も変わらず紳士的な態度で、フリンズがそっと手に触れてくる。触れられた箇所が冷たい。……夢、なのに。触覚が、
「貴方の魂は実に美しい。本来はまだそんな段階ではありませんが……まあ、いいでしょう」
それはまるで眠りに誘うような、甘く優しい声だった。逃げないと、と思うのに足は動かず、金縛りにあったかのように身動きが取れない。
そうこうしているうちに蒼炎が迫って来て、空を呑み込んだ。