貴方の心臓が欲しい。
冒険者協会からの依頼が終わってナシャタウンに戻ってきた頃には太陽は既に中天に昇りきっていた。漸く食事にありつけると思いながら街に入ろうとして、ふと街の入り口に佇むフリンズを見つける。フリンズ?と声を掛けようとして近づいてみればそこには彼だけではなく見知らぬ女性が傍に居た。顔を真っ赤に染め、フリンズを見上げるその姿にあ、と察する。邪魔しちゃ悪いよね、下手したら恨まれるかも。フリンズにはまた後で話し掛けよう、と立ち去ろうとした瞬間だった。
「……すみません。恋人が居ますので」
「――え?」
そっと手を取られ引き寄せられる。流れるように腰に手を回されて抱き寄せられ、え、と女性と声が重なった。その自然な動作に手慣れてるなあと感心し、いやそうじゃなくて、と我に返る。取り敢えず意図は理解した、どうやらフリンズは彼女からの告白を断りたいらしい。ちらりと女性へ視線を移すと彼女は呆然とした表情を浮かべていたが、軅てくしゃりと顔を歪めてこちらを睨んできた。きつい顔立ちをしているのもあって中々迫力がある。
「嘘よ……だってそいつ男じゃない!」
「おや、愛に性別は関係ないと思いますが」
そうでしょう?と同意を求めてくるフリンズにうん、とぎこちなく頷く。まあ実際は俺達恋人じゃないけど。少しでも恋人に見えるように腰に回された手に自分の手を重ね、躯を預けるように寄りかかる。正直恥ずかしいけどフリンズの為だ、我慢しよう。幸い人の往来がなく誰も見ていないのは救いだった。
「っ、貴方ならもっと相応しい相手がいるはずよ!こんなちんちくりんより私の方が貴方のことを愛しているわ!!」
紅く染められた唇をわなわなと震わせる女性に、まあ納得しないよねと苦笑を浮かべる。気の強そうな人だし性格的にはいそうですかと引き下がれなさそうだ、負けたのが男となれば尚更。どうしよう?とフリンズに目配せしようとしたところで腰にある手がするりと動いて顎に触れた。そのままぐっと上を向かされ視線が交わる。あ、キスするフリをするのかと意図を理解してそれっぽく見えるような角度に調整しようと思った瞬間、口に何かが触れた。え?と思った時には舌が入れられていて息ごと飲み込まれる。未知の感覚に驚いて動けないでいる間にも舌先が上顎をなぞり、ぞくりとした感覚が背筋を走った。舌を絡められ深くなるそれに段々力が抜けて頭がぼんやりと霞み始め、縋り付くように目の前の相手の服を握る。舌の先を軽く食まれて解放されると同時に強く腰を抱かれた。
「この通り僕達は愛し合っているんです。ですから貴女の気持ちにお応えすることはできません。……お引き取り下さい」
「っ……もういいわよ!!」
気持ち悪い!と吐き捨てて女性が走り去っていく。その後ろ姿が完全に見えなくなると腰に回されていた腕が解かれた。
「合わせていただき有り難う御座います。お陰で助かりました」
「……うん、まあ、それは良かったんだけどさ。……舌まで入れる必要、あった?」
フリだと気づかれるかもしれないから実行した、のはまだいい。解るし。だが軽く触れるだけので充分だったのではないか?とそう視線で訴えれば、ふむ、とフリンズが手を顎に当て考える素振りをみせる。
「あのくらい経験済だろうと思っていましたが……その反応を見るに、どうやら違ったようですね。ということは、僕が空さんの初めてを奪ってしまったと」
「いやその言い方は誤解を招く!」
ふふ、と何故か嬉しそうな声にじろりと見上げて抗議するも、笑みを深めただけで意に介す様子もない。それどころかふ、と目を細めるとなぞるように頬に指を滑らせてきた。
「――では、責任を取りましょうか?」
「……っほんっとそういうの、いいから!」
赤く染まってるだろう顔を逸らしながらその手を振り払う。おや残念、とくつくつ笑う姿は少しも残念そうに見えない。つれないですねと振り払われた手を撫でながら肩を竦める仕草すらわざとらしく目に映った。……もういいや、犬にでも噛まれたと思って忘れよう。
じゃあ俺もう行くから、とこれ以上妙なことを口にされる前に足早で立ち去る。ええ、ではまた、とやけに機嫌の良い声だけが耳に残った。
「――次は逃がしません」