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「フリンズさん!フリンズさん、何処に居ますか!」
「おや、坊ちゃま。お呼びですか?」
報告書の提出の為にピラミダへ赴くと見慣れた顔を見つけ、何かありましたかとその背に声を掛ければ若き隊長――イルーガがフリンズさん?と驚いた様子で振り返った。
「嗚呼いえ。フリンズさんではなく猫のフリンズさんのことです」
「……坊ちゃま。紛らわしいのでそれはお止め下さいと云ったでしょう」
思わず溜め息を吐きながら咎めるようにイルーガを見遣る。
最近、イルーガは猫を飼い始めたらしい。フリンズさんに似ていたので思わず保護してしまいました、とイルーガから紹介された大型の猫は毛並みの良い長毛種であり、随分と整った姿形をしていた。自分としてはそんなに似ているだろうかと思うのだが、彼から見れば違うらしい。
まあ、そこまではいい。
問題は名前だ、何故わざわざ名前まで被せたのか。何度紛らわしいから別の名前にして下さいと云っても、彼は全く聞いてくれないのだ。案の定、今回もそんな事よりと話を聞き流された。
「そろそろご飯の時間だというのにフリンズさんが戻って来なくて」
「……。まあ、猫は気まぐれですからね」
そのうち帰ってきますよ、と当たり障りのない言葉を返しておく。正直、あの猫は苦手である。自分を怖がらない珍しいタイプではあるのだが、好かれてもいないのだ。イルーガと2人で話していて何度か邪魔をするように鳴き声を上げながら擦り寄ってきた時は本気で追い払おうかと思った程だ。
では僕はこれで、と別れようとした時だった。何かに気づいたようで、あ、とイルーガが声を上げた。
「フリンズさん、フリンズさんが帰ってきました!」
「……。それは良かったですね……おや、何か咥えています」
街の出入り口をちらちらと気にしていたイルーガが安堵したように告げてきたので適当に返しながら視線をそちらに向ける。彼の云う通り、件の猫の姿が遠くに見えた。だが同時に何かが口からぶら下がっていることに気づく。あれはなんだろうかと疑問を抱いている間にこちら――イルーガの傍へとやって来た猫は口に咥えていたそれをゆっくりと下ろした。
「にゃあ」
「フ、フリンズさん……?その仔犬は一体……」
困惑した様子でイルーガが足元に置かれた小さな命と猫を交互に見つめる。だがそんな主人を気にすることなく猫は何処か満足そうに鳴き声を上げると、きょとんとした表情でこちらを見上げる仔犬を毛繕いするように舐め始めてしまった。相も変わらず仔犬は不思議そうな表情を浮かべるだけで、抵抗することなくされるがままになっている。微笑ましい光景と云えばそうなのだろう。……ふむ。
「……この仔犬、坊ちゃまに似ていますね」
「え?……そう、でしょうか……?」
じ、と仔犬を観察して思ったことを口にするとイルーガが納得いかないと云うように眉を下げながら返した。貴方の猫を見た時僕も今の坊ちゃまと同じ気持ちでしたよと告げ、仔犬をもっとよく見る為に抱き上げようと手を伸ばしたその瞬間。にゃッ、と威嚇するような鳴き声が響いたかと思うと、ぺちんと尻尾でその手を軽く払われた。そのまま尻尾を仔犬に巻きつけ抱え込むような形でこちらに背を向けると、また何事もなかったかのように仔犬の毛繕いを始める。
それはまるで、自分のものを取られまいとしているかのような態度だった。
「……成程、」
「フリンズさん……?」
今までは何処が似ているのかと思っていたのだが――確かにこの猫と自分は似ているかもしれない。猫に振り払われた手を下ろし、ふ、と息を吐く。
だが生憎、自分に似た畜生などに負けるつもりは無いので。
再び手を伸ばし、素早く仔犬を抱き上げる。途端に猫から抗議するように鳴き声が上がるが知った事ではない。足元に爪を立てられたのを感じながら手元に視線を向けた。今までの態度で解ってはいたが、この仔犬も己を怖がらない部類のようだ。人慣れしているのか或いは好奇心旺盛なのか、特に暴れることもなくじっとこちらを見上げて大人しく腕の中に収まっている。その様子は普段動物に対して可愛いと思った事のないフリンズでも、とても可愛らしく見えた。だから、イルーガに顔を向けて告げる。
「坊ちゃま。――この仔犬は僕が引き取ります」
坊ちゃまによく似ているので。