可愛いは正義、らしいので
その日、見慣れない秘境を見つけて夜通し攻略し疲労困憊で躯を引き摺るようにして宿屋に戻ってきた空の視界に入ったのはベッドの上で寝息を立てている己の知人に似た子供だった。その子供を囲むようにこれまた友人をちいさくしたぬいぐるみぐらいのサイズの謎の生き物も居る。思わずえ?と呟けばこちらに気づいたのかその小さき生き物たちが一斉に顔を上げ、すんとした表情でこちらを見上げる。ちいさな生き物たちは矢張りどう見ても知人――フリンズにそっくりだった。
「……?え、俺そんなに疲れてる?こんな幻覚見るほど……?」
疲労からくる眠気のせいで低下している思考の中そう独り言ちていると、そのちいさい生き物達が一斉に何か云いたげに手をぱたぱたさせてぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。え、可愛い、と疲れた頭のままぼんやりと眺めた後、ベッドのど真ん中ですやすや眠っている子供を改めて見てみる。手をぱたぱたさせている彼らはぬいぐるみ特有のデフォルメされた姿であるが、この子供はそのまま実際のフリンズが縮んでしまったかのような見た目をしていた。
「……あ、そう云えば明日……いやもう今日か。フリンズと逢う約束してたっけ……、」
ふと彼にそっくりな子供を見てそう思い出したが、同時に眠気が増し意識がどんどん霞み始める。諸々寝てから考えよう、これも疲労による幻覚かもしれないし。寝るからちょっと退いてね、と未だ手をぱたぱたさせ続けている彼らに声を掛ける。待って待って!と云いたそうに慌てた様子で更に手をぱたぱたさせるも、流石に可愛さより眠さが勝って子供と共にやんわりと押し退けベッドに倒れ込むようにして横になる。目を閉じて数秒後、意識は直ぐに夢の世界へと誘われていった。
***
「……、……さい、……起きて下さい、空さん」
誰かに揺さぶられているような感覚がすると同時に声が遠くから聞こえる。まだ寝ていたい、と寝返りを打って再度睡魔に身を任せようとして、然しそれを邪魔するかのようにまた肩を揺すられた。後五分、いや十分……、と呟きながらその手を軽く払い除ける。すると一拍置いて今度は耳元に起きて下さい、と声が落とされ、びくりと一瞬で意識が覚醒し反射的に跳ね起きた。耳を押さえたまま隣を見ると寝る前に見たあの子供が腕を組んで立ってる。どうやら幻覚ではなかったらしい。じっと彼を観察してみる。
「……うーん、声までフリンズにそっくり……、」
「そっくりではなく本人です。貴方の知っているフリンズですよ」
「……え?」
一瞬、何を云われたのか理解出来なかった。ぽかんと目の前の少年を見つめ返せば、戸惑う気持ちは解りますが本当です、と告げてきた。到底信じられるような内容ではない。が、わざわざ嘘をつく意味もないだろうし、そもそも彼にメリットもない、筈。半信半疑ながらも取り敢えず納得する事にして、それならば色々訊いてみようと口を開いた。
「……本当にフリンズだとしてさ、ならどうしてこんなことになったの?」
「ワイルドハントとの戦いで色々ありまして。躯から力がごっそり抜け落ちてしまい、このような姿になってしまったのです。丁度貴方とお逢いする予定があったので元に戻るまで匿ってもらおうと予定より早くお邪魔した次第ですが、いらっしゃらなかったので待っていました。ですが何時の間にか眠ってしまっていたようで」
「あぁ帰ってきた時フリンズが寝てたのってそういうことだったんだ。……じゃあこの子達は何?」
ちらりと視線を落とす。それらは相変わらずすん、とした虚無顔でこちらを見上げていた。その内の一人……?をひょいと摘み上げ、掌に乗せてみる。矢張り表情は変わらず無のままで、なに?と云うように首を傾げている。可愛いなぁと思いつつ力加減を間違えないよう注意しながら頭をぐりぐりと撫でくり回せば、わーいとかきゃーだとかみたいな声が聞こえてきそうな感じにぽっと頬が染まった。
「……それは抜け落ちた僕の炎の一部です。何故その様な姿になってしまったのかまでは解りませんが」
「つまり、この子達もフリンズだってことだよね?……うーん、一人だけでいいから欲しかったんだけどなぁ」
「貴方には僕が居るではありませんか。それで満足して下さい」
残念だけど仕方ないか、と声を零せばフリンズが何処かむっとしたように云い返してきた。もしかして拗ねてる?と首を傾げるといいえ別にとそっぽを向く。中身まで子供みたいだな、と思う。普段よりだいぶ解りやすい。もしかしたら躯に引っ張られてるのかもしれない、と尚更可愛く見えてきた。
「御免ってば。……まあ、事情は解った。この子達がフリンズの力の一部ってことはさ、元に戻るには彼らをなんとかしてフリンズに戻せばいいってことだよね?」
どうすればいいのかな、と掌の小さきフリンズを撫でながら考える。もっともっとー!と云わんばかりに小さな両手をぱたぱた振る様子はとても可愛らしい。やっぱり一人だけでいいから欲しいなぁ、なんて考えていたらひょい、と取り上げられてしまった。そのまま己に似た小さい生き物を自身の目線の高さにまで持ち上げる。そしてじっと見つめたかと思えばぱくりと食べてしまった。えっ!?と驚いている内にごくん、と彼の喉仏が上下し、仲間……?が食べられ残りの小さいフリンズ達がぴゃっと飛び跳ねる。慌てた様子でこちらにやって来ると、膝によじ登ってきて互いに抱き合いながらフリンズを見上げ震え始めた。
「ふ、フリンズ待って!それは絵面的にヤバいから!」
「……空さん。先程も云いましたがそれらは僕の炎の一部です。今はこうして僕と似た姿の形を取っていますが、生き物ではありません」
「でもなんか怯えてるし……」
そう呟きながら膝上に目を落とす。ぷるぷると震えながら身を寄せ合っている様はまるで小動物のようだ。可愛すぎてつい撫で回したくなる衝動に駆られる。実際手が伸びそうになったが、フリンズから向けられる視線が痛かったのでどうにか堪えた。
「……この方法が最も手っ取り早いのですよ」
「それはまあ、解るけど……でもこの感じじゃこの子達大人しく捕まってくれなさそうだよ?」
絶対離れない、と云わんばかりにしがみついてくる小さい彼らとフリンズを交互に見遣れば、す、とフリンズが目を細めながらそれは困りましたねぇ、と呟いた。膝の上の小さなフリンズ達を見つめる彼の視線は矢張り不機嫌そうだ。それを受けて小さいフリンズ達がぴゃっと震え、更にぎゅっと抱きついてくる。可愛い、と何度目になるか解らない感想を抱きつつどうしようかと悩む。このままフリンズを放っておく訳にもいかないし、かといって嫌がっている彼らを無理に捕まえるのも可哀想だ。うーん、と考えている内にフリンズが動いた。しびれをきらしたのか無言で手を伸ばしてきて小さいフリンズ達を掴み上げると口元へ持って行く。あ、と声を上げるのと彼が彼らを飲み込もうと口を開くのはほぼ同時だった。
――そうして小さいフリンズ達が口の中に消えようとした瞬間、限界を迎えたのか胃袋が盛大な音を立てて鳴いた。ぐぅ、と間抜けな音が部屋中に響き渡り、ぴたりとフリンズの動きが止まる。次いでぱちりと瞬きをしてこちらへ顔を向けてきた。
「……昨日の夜からずっと食べてなかったから、余計にお腹が空いてるんだよね。……だから、さ」
どうするかは朝食を食べてからにしない?とそう告げてベッドから降りると苦笑を浮かべつつフリンズの頭を撫でる。見た目だけで中身は変わりませんから子供扱いは止めて下さい、という不満そうな声が上がるが聞こえなかったフリをして、未だに小さく震えている小さいフリンズ達をそっとさり気なく取り上げたのだった。