とんでもないイケメンが来た。壇上で微笑を浮かべ立っている転入生を見て、緑谷出久はそう思った。
整った顔立ちに綺麗な髪の毛。スラリと伸びた足なんて、自分の1.5倍はあるのではないかなんて考える。同性から見ても、彼は酷く端麗な容姿をしていたのだ。

「みょうじなまえです。一緒に過ごせる期間は短いですが、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。」
「(声までカッコイイ..!!!)」

軽く首を傾けると、項くらいまではありそうな焦げ茶の髪の毛が揺れた。にっこり笑った顔を見てクラスの女子が小さく悲鳴をあげるが、その気持ちも分からなくはなかった。ちらりと幼馴染に目をやれば、興味なさげに窓の外を眺めている。どんな見た目をしていようが、恐らく彼からしてみれば眼中に無いのだろう。

「えーと席は..緑谷の隣が空いてるな。緑谷、手上げろ」
「えっ!アッハイ!」
「みょうじはこれからそこの席を使ってくれ」
「分かりました」

どんな偶然なのか知らないが、まさか自分の隣なんて。理不尽に投げられる嫉妬の目に縮みながらも、緑谷は少し浮ついていた。みょうじは無駄のない動作で緑谷の隣に座ると、さっそくこちらを向いた。

「緑谷だっけ?よろしくな。教科書は多分同じの使ってると思うんだけど、一応ノートだけ一通り見せてもらっていいかな」
「う、うん!いいよ!僕字汚いけど..」
「気にしないって。色々わかんないことあったら緑谷に聞くけど、迷惑だったらごめんな」
「全然大丈夫...!その、僕にできることがあればなんでも言ってね」

謙虚な態度に思わず大袈裟なセリフを言ってしまった。ついでに目もバッチリ合ってしまった。変な体勢のまま固まっていると、形のいい瞳が嬉しそうに細められる。

「サンキュ。緑谷って優しいのな」

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HRが終わると、みょうじの机の周りには多くの生徒が集ってきた。彼女はいるか、連絡先を交換しないかなど、露骨な下心を持った女子からのアピールがほとんどである。みょうじは嫌な顔一つせず全ての質問に答え、恐らく9割の女子生徒と連絡先を交換した。初日からすごい人気ぶりに、隣の席の緑谷は苦笑いしざるを得ない。

「ね、なまえ君の個性って何?」
「俺の個性?うーん..言葉じゃ説明しにくい個性なんだ。まあ大したものじゃないよ」
「そうなの?」
「言葉で説明できないって、なんかそれだけで強そう!」
「なんだそれ。そうだ、良かったらみんなの進路とか教えてくれない?こっちに来たばかりで高校とか分からないんだよな」

みょうじの個性の話は直ぐにほかの会話に切り替わる。客観的に聞いている緑谷からすると、ごく自然な動作でみょうじがそう仕向けたように聞こえた。

「(..言いたくないのかな?もしかして僕と同じ...)」

だとしたら尚更、彼に個性は聞けないと思った。個性を持たない"無個性"の苦しみを、彼は身をもって知っているのだ。




「言葉じゃ説明しにくいだァ?ンじゃ見せてみろよ、その個性ってやつをよォ」

聞き慣れた声に、緑谷は俯いていた顔を勢いよく上げた。話をやめクラスメイトが目を向けたのは、人を蔑む時の、あの嫌な笑顔を浮かべた爆豪勝己である。
自分にした時のように、みょうじをムコセーの木偶の坊だと馬鹿にする気なのだ。緑谷は恐る恐る隣の席に目をやったが、みょうじは至って冷静な様子だった。

「おいおい、なんで黙ってんだよ?まさか"無いから見せれません"なんて言い出すんじゃねぇだろうな?」

「..え?それってもしかして、」
「嘘、でも個性自体はあるって...」
「まさか...見栄張った、とか?」

好き勝手言い始める生徒達に参考書を握る拳が震える。言葉一つで教室の空気をガラリと変えてしまう幼馴染が恐ろしくてたまらなかった。
どうするのかと息を飲んでみょうじを見ると、彼は丁度目の前に立っていた女子に目を向けていた。

「___大石、手出して」
「え?」

瞬間、可愛らしい音と少量の煙と共に、彼女の手の中から一輪の薔薇が現れた。みょうじがそれあげる、と大石に笑いかければ、羨望の声が各々から上がる。突然の出来事に怪訝な顔をする爆豪を見て、みょうじは口を開いた。

「これが俺の個性。誰かに渡したいと思ったものをその人の手元に出すことが出来る。ただ何でも出せるってわけじゃないから、無闇に口に出せないんだよな」

満足した?とみょうじが言えば、爆豪は舌打ちとともに視線を外した。言った通り個性は見せたし、それもかなり応用の利くハイレベルなものだ。彼が何も言わなくなるのも無理はないと緑谷は安心する。私にも出してと女子にせがまれるみょうじは、一体何者なのだろう。その疑問は緑谷だけでなく、不機嫌そうに貧乏揺すりをする爆豪も持ち始めていた。