__放課後


どうも胡散臭い転入生とやらは、意外にも終礼が終わると共にさっさと教室を出ていってしまった。残念そうに別れを告げる女子生徒に向けた笑顔は、"愛想"を知らない彼、爆豪勝己にとってはやはり不自然なものに見える。自然と足はみょうじが向かった方へ動いていた。

「(あの仮面野郎...化けの皮剥いでやる)」

校門を過ぎ、住宅街へ抜け、やがて人気の少ない高架下へ入った時。みょうじは突然足を止め振り返った。
迷いなく真っ直ぐ自分に向けられた視線。いつからかは知らないが、爆豪の尾行にみょうじが気づいていたのは明らかだった。

「なあ、まだ何か用?」
「ハッ、気付いてんなら撒くか早々に振り返るかすりゃ良かっただろうが。わざわざンな場所まで来やがって」
「普通に帰り道だけど」

あくまでしらを切る気らしい。未だ崩れない仮面のよう愛想笑いを、どうにかして剥がしてやろうと爆豪は思った。
つかつかと詰め寄り、彼の真後ろにあるコンクリートを思い切り蹴りあげる。いわゆる足ドンというものであるが、少女マンガのようなシーンでないことは確かだ。
距離が縮まり、男にしてはやけに長い睫毛が爆豪の目に入った。それさえも不快で小さく舌を打つと、みょうじは目を細めた。

「個性見せてみろ」
「個性?さっき見せただろ」
「あんな下手っクソな手品もどきに騙されると思ってんのか?」
「...あれ、気付いちゃった?」

結構自信作だったんだけど、とみょうじが言い切る前に爆豪は軽く爆破してみせた。達者に回っていた口がゆっくりと閉じ、みょうじの顔から笑みが失せる。まるで表情だけでなく感情全てが抜け落ちたような態度に、これが素なのかと冷静に判断した。

「...いい個性だな」
「あ?おいおい、まさかこんなんで怖気付いたとか言うんじゃ____ッ?!」

突然、腹部に激痛が走った。思わずせり上がってきた胃液を吐き出しながら地面に膝をつく。ズキズキと痛む腹を押さえみょうじを見上げると、初めて見たあの笑顔を貼り付けて立っていた。目にも止まらぬ速さで、みょうじの膝が爆豪の腹を蹴りあげたのだ。

「でもな、俺からしてみればその辺に捨てられたガムと変わんねえよ」
「かは、ックソ殺す..!!」
「はは、殺してみろよ。多分個性なんて使うまでもないと思うけど」

すかさず爆破しようと手を伸ばすと、当たる前に腕を掴まれ壁に押し付けられた。最初とは真反対の体勢である。
逆光により黒く染まったみょうじの顔にぞわりと背筋が冷える。今まで自分があらゆる人間に向けてきた、"弱者"を見る目だった。

「俺の個性、見たかった?逆に聞きたいんだけど、俺がお前らみたいな三下に見せて何かいいことでもあんの?」

人格が変わった。そう言っても違和感がない程に、教室のみょうじとは別人に見えた。何も言えなくなった爆豪に苛立ったような溜息をつくと、乱暴に手を離す。興味が失せたとでも言うように、気だるげな手つきで鞄を持ち直した。

「お前なんかよりよっぽど緑谷の方が分かってるよ。アイツどうせ無個性なんだろ?目立たないように息殺してさあ___お前もあれくらい弁えろよ」
「クソデクなんかと一緒にすんじゃねぇ殺すぞ!!」
「一緒だよ」

冷めきった声だった。

「俺からしたら、お前も緑谷もおんなじ負け犬だ」

人生最大の屈辱を味わった。それもあの忌々しい幼馴染に手を差し伸べられた時とは違う、腹の底にある何かが熱く燃えるような感覚。苛立ちと共に、闘争心が芽生えていた。
絶対に泣かす。未だ痛む腹を抑えながら、爆豪はそう決意したのだった。


「おはよ、爆豪」
「........ア?」

翌日、みょうじが何事も無かったかのように挨拶をしに席まで近付いてきたのは、また別の話である。