「爆豪、おはよ」
「....ア?」
「.....エッ!?」

翌日。教室に入るなり入口付近で友人と話している爆豪に声をかけたみょうじに、爆豪と、そして緑谷も驚きを隠せなかった。
昨日早速一触即発な雰囲気を出していたというのに、普段から言葉を交わす友人同士のような軽さだ。
一瞬間を置いてうるせぇモブ!と一蹴りされたみょうじは、特に気にした様子もなく席に座った。

「緑谷もおはよ」
「お、おはよう...?」

にこりと笑いかけられ、戸惑いがちに返事をした。つくづく不思議な人だ。

「そうだ、緑谷って今日の放課後暇だったりする?」
「え?と、特に用事はないけど..」
「悪いんだけどこの辺の文房具屋さんとか教えてくれない?まだ道よく分かってないんだよな」
「え!?ぼぼぼ僕が案内するってこと!?」

驚きのあまり大きな声を出してしまった。クラスメイトに向けられる白い目線がグサグサと刺さりつつも、うんと頷くみょうじをマジマジと見やる。
昨日あれほどの人達と連絡先を交換していたのに、何故まだ自分を頼るのか。理由がわからず、緑谷はすぐに返事ができなかった。

「やっぱ迷惑だよな、この時期受験勉強とかあるだろうし」
「そ、そんなことないよ!ないんだけど..なんで僕なのかなって....」
「なんでって。隣の席だし初めて話した奴だし、1番安心して頼めるだろ?」

そんなに話してないのに図々しかったかな、と照れたように笑うみょうじに、緑谷の心臓が大きな音を立てた。
普段母親以外に頼られることなど滅多にない彼からすれば、この案件は断る選択肢などない。こうして久々に緑谷出久の放課後に予定が出来たのだった。



「そんなつもりじゃなかったのに..本当にいいの?」
「いいって、緑谷は気にし過ぎなんだよ」

300円程度のラーメンを前に眉を八の字にする緑谷を見て、みょうじは適当な言葉を述べ笑った。恐らく卒業まで席は変わらないのだから、それなりに打ち解けてもらわないとこちらが困るのだ。わざわざ1ヶ月間のために私物を買い揃えるつもりなど、みょうじには少しもなかった。

「そ、そうだ!昨日、もしかしてかっちゃ....爆豪君と何かあった?意外と普通に挨拶してたから..」
「ん?別に何も?ただ朝目合ったから挨拶しただけだよ」
「えっ、そうなんだ.......」

そういうものなのかな?などとぶつぶつ言い始めた緑谷の手は止まっており、みょうじは少しうんざりした気持ちになる。まだ出会って日は浅いが、緑谷の考え込む癖は彼にも通じていた。

「みーどーりーや、手止まってる。そういや爆豪と仲良いの?なんかあだ名っぽい感じで呼び掛けてたけど」

実際爆豪も、昨日緑谷のことを"デク"と呼んでいた。性格が明らかに対称的な2人があだ名で呼びあっているのは中々不思議である。みょうじは会話繋ぎと少しの好奇心で聞いてみた。

「仲..は決して良くない、っていうかいじめられてるに近いんだけど....一応幼馴染なんだ」
「え、そうなの?すげー意外。思ってたんだけどクラスの奴らも若干緑谷に当たり強い気がするんだよな。俺から言おうか?」

緑谷の表情がわかりやすく曇った。原因は簡単に推測できた。自分が無個性であることを言おうか言わまいか、迷っているのだろう。そして少し間を空け、意を決したように口を開いた。

「..仕方ないんだ、僕無個性だから。」
「、無個性って..だからいじめられてるってこと?」
「そうだと、思う。でもかっちゃんはその、急に当たりが強くなったというか..まあいずれにしても僕が無個性ってことが関係してるんだろうけど、」
「よく分からないけど、俺からしたら爆豪も緑谷も同じようなもんだと思うけどな」「....へ、?」

昨日、爆豪に言ったセリフと全く同じものだった。しかし意味合いは違う、みょうじの言葉によって相手に伝わる感情は全く違ってくる。

「個性持っててもさ、持て余してるやつなんていくらでもいるじゃん。きっと無個性の緑谷より足が遅い奴も、頭が悪い奴だって沢山いるよ」
「で、でもかっちゃんは頭も良いしなんでもできちゃうんだ、僕なんかよりよっぽど、」
「緑谷は謙虚だなあ」

丁度ラーメンを食べ終えたところで、みょうじは箸を置いた。戸惑ったように揺れる緑谷の目を見て笑う。

「爆豪より緑谷の方がよっぽど優しいだろ」

完全な気まぐれだった。あと1ヶ月で自分は雄英高校に進学する。対する緑谷は、普通科高校でひっそりと生きていくのだろう。1ヶ月限りのクラスメイトになんの考えもなしに言った、気まぐれな言葉。
その言葉が緑谷出久の人生を大きく変え、彼らが同じ高校で遭遇する。そんな未来は、まだ誰も予想していなかった。