運命線からふわりと欠落
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※名前のあるモブがでてきます
「風間、交代だとよ」
「諏訪か。……今日のB級混成は珍しい面子だな」
「あ? まあB級上がりたてが何人かいるからな」
「しっかりやれ、諏訪」
「なんで偉そうなんだよ」
A級3位風間隊、はじめて見た。なんかこのスタイリッシュな隊服は遠目からは見たことあったけど。引き継ぎも特にないらしく軽く話した後そのまま引き上げていく背中を見送る。
今日ははじめての防衛任務だ。わたしのようなソロ隊員はその時その時で編成される混成部隊に入ることがほとんどだそう。初日の今日も混成部隊での出動だった。
ただ今日はソロ隊員の寄せ集めではなく、既に隊に所属している人もまぜこぜの部隊。なんでも中高生は今テスト期間らしい。戦闘員のほとんどは学生だからそのあたりも考慮されていて、その間はなるべく任務を減らして大学生を中心に混成部隊で回すことが増えると本部オペが言っていた。
今回の混成部隊は諏訪隊の諏訪さんと生駒先輩、それからはじめましてのB級の人とわたしの4人編成。銃手2人に攻撃手2人。諏訪さんはまあ悪くねえか、とこぼしていたので編成バランスは悪くはないのだと思う。
「門が開くかどうかもわかんねえけど、とりあえず出てきたら生駒と田中が前に出て俺と南沢で後ろから援護な。南沢はチームで動くの初めてだったか?」
「はい」
「あー、まあ訓練で相手してるトリオン兵と変わらねえよ。数が多い時もたまにあるが冷静に対処すりゃ問題ねえ」
「わかりました」
「トリオン兵は絶対南沢ちゃんに近づけさせへんから安心してな」
「仕事にならないのでほどほどでお願いします」
「任せとき」
「どんな会話だよ」
そんな会話を聞き流しながら交代して数十分。門が開く気配はまったく無い。なんとなく目線を動かした先で田中先輩というらしき人と目が合ったのでなんとなく会釈するとにこやかに手を振られた。
「最近噂のバイパーの子だよね」
「南沢天です」
「天ちゃんね。せっかく近くでバイパー見れるいい機会だと思ったけど全然近界民出てきてくれないなあ」
「門が開かないのはいい事です」
「あはは、そうだね。……っと。噂をしたら来るんだよなあ」
「≪門発生 門発生 座標誘導誤差4.35≫」
「≪近隣の皆様はご注意ください≫」
「やっとお出ましだな。おら、仕事の時間だ! とっとと片づけんぞ!」
「生駒了解」
「田中了解」
突っ込んでいく2人を見送りながらさっと周囲のトリオン兵の数を確認する。……6か。そんなに多くは無い。確実に1体ずつ落としていけば問題なさそう。
「落ち着いていけよ」
「はい。……バイパー」
モールモッドの1体に狙いを定めて連射する。集中砲火を受けてこちらへ接近する前に崩れ落ちたその体が完全に沈黙したことを確認して周りに目を戻せば諏訪さんもちょうど1体落としたところだった。
「早えーじゃねえか! 流石だな」
「モールモッド程度、B級ならだれでも倒せます」
「まあそれもそうか。……あん?」
会話を切り裂くようにまた警報が鳴り響く。攻撃手の2人のほど近くでバチバチと音を立てて門が開いた。雪崩れるように姿を現したトリオン兵の数は目につくだけでも10数体はいる。
「ったく連続かよ……。流石にあれはマズいな。俺らも前目に出て援護すっぞ! 生駒の方行くから南沢は田中の方行け!」
「了解」
諏訪さんの指示通り田中先輩のいる右手へと走る。複数体のトリオン兵に囲まれているようで、この状態でわたしが入っても数で有利を取られていることには変わりない。
「≪田中先輩、聞こえますか≫」
「≪聞こえてる!≫」
「≪バイパーで一度数を減らします。わたしがいるところまで後退できますか≫」
「≪いや、完全にそこまで下がると逆に畳みかけられる可能性がある。フレンドリーファイアしないギリギリのラインまで下がるからそれで撃ってくれ≫」
「≪わかりました≫」
四方八方からくるトリオン兵を確実に削りつつ、先輩の挙動に集中する。先輩が後ろに飛びのいた瞬間に最前線のトリオン兵を全て補足できるようにサイドエフェクトを使いつつ様子を伺う。
「≪____南沢!≫」
「バイパー」
先輩の足が地を蹴り、後ろへと飛びのく。先輩の呼び声に答える代わりに銃を構えた。
イメージした射線には入らない、ギリギリだけどセーフ。サイドエフェクトで視えた予測を横目に引き金を引く。無数のバイパーがきらめきながら弾道を変えてトリオン兵を蹂躙した。
「ナイス! トドメは任せろ!」
「っえ、」
バイパーが次々と前線のトリオン兵を貫いたのを見て田中先輩が再び前へと出ようとする。待って、まだそこは。
「まだそこはバイパーの射線が……!」
トリオン兵を貫いた弾はまだ弧を描いて他のトリオン兵を仕留めるように弾道を引いていた。今距離を詰めたら確実に射線に入ってしまう。
そう伝えようとして、でもわたしはそれがすでに遅い事を理解していた。
もう視えていたから。
「えっ、……っうああ!?」
どん。音を立てて一筋の弾が田中先輩の頭を貫いた。先輩の悲鳴に紛れて、訓練室で幾度となく聞いた機械音声が響く。
「≪戦闘体活動限界 緊急脱出≫」
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「……ってなわけで、今回の事はただの事故だ。本部からも特にお咎めはねえ。ただお前のバイパーは特殊だから、今後同じようなフレンドリーファイアを起こさないように周囲には気を付けること、だと」
「はい」
「俺はこのまま報告書上げていくからもうお前は帰っていいぞ」
「わかりました。お疲れ様です」
「……気にするなとは言わねえが、気にしすぎるなよ」
「……はい」
トリオン兵は問題なく撃退できたものの、フレンドリーファイアで田中先輩を緊急脱出させてしまった。諏訪さんや本部にとがめられるものだと思っていたが、両方とも今後は気を付けるようにとだけ言われただけ。諏訪さんに至っては射線に入る方がわりいだろと冗談交じりに田中先輩に絡みに行って、遠回しに田中先輩と気まずくならないようにフォローもしてくれた。
先輩本人も“気にしてないし、斜線に入った俺が悪いから”の1点張り。周りにそう言われてしまえばどうしようもなくて、すみませんでしたと返して頭を下げることしかできなかった。
なんとなく行き場のなくなった決まりの悪さを抱えたまま廊下に出て息をつく。そのまま顔を上げるとここ数日ですっかり見慣れたジャージの人がいた。
「終わったん?」
「はい。生駒先輩はどうしたんですか」
「いや、南沢ちゃん待っとった」
「……わたしですか?」
「おん。とりあえず場所変えよか」
ゴーグルを上げてよく見える生駒先輩の表情は真顔で、何を考えているのかよくわからない。とりあえず頷くとほなこっちなと言って歩き出した。
「初任務お疲れさん。はじめてでようやっとったやん」
「……フレンドリーファイアしましたけどね」
「あれは南沢ちゃんだけが悪いんとちゃうやろ」
「……」
「って諏訪さんとかは言うたんやない?」
「え、……はい」
そうやろなあ、諏訪さんほんまに人のフォローすんの上手いもんなあと零しながら生駒先輩はエレベーターのボタンを押した。ちょうどこの階に停止していたエレベーターの扉が開いてさっさと乗り込んでしまったその姿を追う。
生駒先輩はそれきり何も言わない。わたしは言葉を探すようにすこしだけうろうろと視線を彷徨わせて、結局黙りこくっていた。この空気に見合わない軽い音を立ててエレベーターが止まる。
エレベーターを降りてすぐに生駒先輩が行こうとしている場所に気づいた。エレベーターホールには自販機とベンチ、申し訳程度の観葉植物のほかは1つの扉しかない。生駒先輩は当然そちらの方へと向かい、扉を開けた。
途端に風が吹き込む。やっぱりここ本部の屋上だったんだ。待たせないように生駒先輩に続けばすっかり日も暮れた空が視界に広がる。
「屋上とか久しぶりに来たわ。周りに目立って光る建物ないぶん星めっちゃ綺麗やな」
「……結局わたしに何の用なんですか」
「う〜ん、まあ用っていうかなあ……」
少しだけ距離を置いて立つ生駒先輩は、何かを迷うような素振りの口調とは裏腹にあっさりと用件を口にした。
「南沢ちゃん、海に会いたないんやないかと思って」
「……それは……」
「隊室に戻ったら今から南沢ちゃん迎えに行くって言うてた」
「…………止めてくれたんですか」
「止めたっちゅうか、俺が用事あるから遅くなるって伝えてある。嘘はついてへんやろ」
なんでそんな事したんですか、と言いかけて辞めた。多分最初に言ったのと同じ答えが返って来るだけだ。本当にこの人は、わたしが海に会いたくなさそうだというだけで連れ出してくれたんだろう。まさかこの人に察されるとは思ってもいなかったけれど、図星だ。
そのまま黙り込めば生駒先輩も何も言わない。警戒区域は人の気配も無くて静かだ。遠くの方で煌々と光る街明かりと頭上にぼんやりと瞬く星。
どうして海に会いたくないのか聞かないんですか。
何分経ったのかわからないくらいになって今度はその言葉が喉元に突っかかって、でもそれも飲み込んで。代わりに口から零れたのは気まずさを紛らわすための当たり障りのない言葉だった。
「……星、綺麗ですね」
「せやろ? 前に生駒隊で天体観測したことあってなあ」
「屋上でですか?」
「流石に真冬やったから寒かってんけどな。いい思い出やわ」
「……生駒先輩って」
「ん?」
「大人ですね」
「えっなに南沢ちゃん急にどうしたん? 俺まだ18やけど」
「いえ、ただの感想です」
諏訪さんといい、隊長というのは皆こんなに人間が出来ているのだろうか。ボーダーという特殊な場所で培われたものなのかもしれない。頭の上に?マークを浮かべながら真顔で首を傾げる生駒先輩から目を離して再び空を見る。
明かりの無い警戒区域の真ん中に立つこの場所から見上げる夜空は確かに綺麗だった。