01

「今更だけどさ、ほんとにいいの?」


 らしくないくらい静かな声で話す海を見るのはあの日以来だった。



 仮入隊の書類点検を受けている間の待合室。数年ぶりの積雪だと話すお天気キャスターの声を聞き流しながら眺めていた雪景色から隣席に視線を戻した。頭の後ろで手を組むその表情は見えない。
 正面に視線を戻して、そっと目を閉じる。
 悲鳴。地響き。破壊音。雨の音と、泥濘を駆ける足音。


『___乗って。絶対手、離さないで!』


 それから、しがみついた背中の温もり。

戦うのが怖くないと言ったら噓になる。どれだけ逃げても執拗に追いかけてきた近界民の恐怖を忘れたわけじゃない。
でもそれ以上に。あの時と同じようにまた海に守られるだけなのも、置いていかれるのも嫌だ。


「これがいいの」


 生まれてからずっときみの隣にいて、立つ場所が戦場に変わっても。きみの隣に居られなくなるよりずっといいから。




Ep.1 運命線からふわりと欠落




 手の甲に浮かぶ4桁の数字を眺めながらストローを咥える。"3021"。正隊員になれるのは確か4000だったから……あと1000弱。ブースに入れば勝手に予約が入るから、毎回とりあえず全部捌ききるまでランク戦をしていたらいつのまにかここまで上がっていた。周りがどれくらいなのか知らないからこれが遅いのか速いのかも知らない。ああでも、海はずっとランク戦をしているから多分わたしより高い。


「天〜! もう今日終わり? ポイントいくつになった!?」
「今日はもうしない。3021になった」
「うっは〜今日いつもよりポイント稼いでんじゃん! 対戦履歴みていい?」
「いいよ」


 ブースの扉を開けてひょっこりと顔を出した海を一瞥して返事する。ディスプレイをスクロールし始めた海は目を爛々と輝かせていた。今日の対戦相手は攻撃手が多かったから、知っている顔でもいたんだろう。最後の子は銃手だったな、と思いながらストローを吸う。


「あ〜なるほど? もうすぐ4000って対戦相手が多かったからポイントがっつり稼いだわけね」
「そうなんだ」
「“そうなんだ”って、まーた相手見ずに対戦受けてた?」
「うん」
「相変わらず機械の操作苦手すぎ! まあ天の場合それで勝ってるからいいのか!」
「海はあと何点?」
「オレ? オレは今3500だからあとちょっと! 明日土曜日だからランク戦しまくってB級上がるつもり!」
「そっか」


 あと500。想定よりペースが速い。多分海なら半日もあればそれくらい余裕で稼げるだろう。休日はランク戦に熱心なC級が多いし相手には困らないはずだ。楽しそうに今日あった出来事を話す海に相槌を打ちながら、両親との会話を思い出してひそかに息をついた。




 中学3年の秋。本格的に高校受験が佳境に入る中、南沢家では進路でひと悶着起こった。それは受験生であるわたしと海の成績について____ではなく。
海が1月付けでボーダーに入隊すると報告してきたことに端を発したものだった。

わたしたち一家は3年前の大規模侵攻で大きな被害は受けず、住む場所も変えないまま比較的それまで通りの生活を続けていた。
しかし侵攻でわたしは近界民に追い掛け回され、そんなわたしを見つけ出した海も最終的に巻き込んで逃げ回る羽目になったので両親はわたしたち双子を、特に兄弟の中で唯一の女の子であるわたしをかなり心配していた。上の2人の兄も同様にかなり以前より気にかけてくるようになったと思う。

 対して双子の弟の海は特にそれまでと変わりなく接してきたし、わたしもそうだった。世間一般の双子を知らないので何とも言えないが、どちらかというとわたしたちは仲のいい親友みたいな感じだ。男女の双子なのもあるかもしれないが、べったりくっついているという感じではない。周囲に心配されているのはありがたいと感じつつ少しばかりの息苦しさも感じていたわたしにとって、変わらずいてくれた海の隣は息がしやすかった。

 だからっていうわけじゃないけれど、ボーダーに入ると聞いたときはすごく驚いた。それまでボーダーのボの字も聞いたことが無かったのにどういう風の吹き回しなのか。なんで、と聞いて帰って来た答えにわたしは何も言えなくなった。


『だってまたあの時みたいにいっぱい近界民来てもさ、ボーダーの人が天を一番に助けてくれる保障は無いじゃん?』


 元々基地ができて隊員募集し始めた頃に1回母さんたちには言ったけど駄目って言われちゃってさ〜、なんて言っていつもみたいに海は笑っていた。聞いてない、と思わずこぼしたわたしに海は言ってなかったっけ? と首を傾げる。


『ずっと言い続けてたらこの前やっと許してくれた!』
『ずっとって……2年も?』
『うん。根負けしたって笑いながら!』
『……そ、っか』


 海の諦めの無さに根負けした両親だから、海の入隊を許してくれた時点でこうなることはわかってたんだと思う。ボーダーに入りたい、と唐突に切り出して書類を出したわたしに対する反応は「そう言うと思ったよ」という苦笑いだった。


『昔っから双子らしい双子じゃなかったけど、こういう時は不思議と双子らしくなるのよね』
『天もこうなるだろうと思ってたよ。……わかった。やりたいようにしなさい』




「じゃあ、私も明日Bに上がる」


 性格は真反対、二卵性だからか顔つきもそこまで似ていない。同じなのは髪と目の色くらいだけど、それでも時折双子っぽい瞬間を見つけて嬉しくなるのは私だけだろうか。


「まじで!? じゃあポイント溜まったら明日一緒に手続き行こ!」
「うん」


 ……まあきっと海はそんな難しいこと考えていないだろう。
 とりあえず今は、はやくB級に上がらなくては。海は何の疑いもなくわたしがB級に上がれると信じている。それだけで頑張る理由は十分だ。明日はポイントが高い人とたくさんやろう。トリガーをポケットに入れて、くるくると椅子で回っている海に帰ろうと声をかけた。




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