運命線からふわりと欠落
02
「____≪10本勝負終了 10-0 勝者南沢≫」
ふっと視界が揺らいで、ブースに転送される。手の甲のポイントは“3901”。これならなるべくポイントの近い相手を選べば次で4000に届く。ふと時計を見ると、あと数分で15時。昼前に海とボーダーに来て、そこからずっと籠っていたから……3,4時間は経つ。……ふむ。
「……おなかすいた」
声に出したらさらに空腹感が増した。これは1回食堂に行ってごはん食べた方がいいかもしれない。でもキリが悪いしな。とりあえず常備しているキットカッタを1枚口に入れる。もぐもぐ、と咀嚼しながら端末を眺める。
「食べ終わるまでにわたしよりポイントの高い人が来たら、もう1戦やっていこうかな」
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ぼすり。味気ないマットレスの上に落とされた格好のまま天井を見つめる。自分の完全敗北を告げるアナウンスの無機質な声が頭の中でぐるぐるする心地がして、振り切るように起き上がった。そのままブースを出て少しあたりを見回す。ひらりと片手をあげた師匠の姿を認め、そちらへと足を進めた。
「おう、草壁。あ〜……まあラストのは相手が悪かったな。ありゃすぐにでもBに上がるぞ。木虎といい今季の新人はバケモン揃いかよ、ったく」
「……もしかして諏訪さん知らないんですか。南沢天」
「あん?」
「攻撃手に双子の弟がいてどっちも揃って有望株、しかも姉の方はサイドエフェクト持ち。でも仮入隊の期間無しで入ったからポイントの上乗せ分が無くて、初見殺しのポイント詐欺ってC級銃手の間で有名なんですよ。あの人」
「双子……そういやなんか入隊式の時に風間が言ってたな。サイドエフェクト持ちなのは初めて聞いた。何のサイドエフェクトだ?」
「”強化空間知覚”ってやつです。ほら、この場面とか」
諏訪さんの手元にあるタブレットを操作して先ほどのランク戦の記録を呼びだす。記憶をたどりながらシークバーを動かしてタップすれば、ちょうど自分と中距離で撃ちあいをしているシーンが再生された。
「……マジかよ」
画面の中の自分がアステロイドを連射する。それに合わせて南沢は回避しながら引き金を引き、【自分に当たる可能性のある弾丸だけを正確に撃ち落とした】。そのまま弾切れの隙を突かれてトリオン供給器官に1発食らい、ベイルアウト。
「弾丸撃ち落としって、東さんぐらいしかやってるの見たことねえぞ……しかも東さんは狙撃銃だからスコープ付きだろ?それを拳銃でやるってマジのバケモンじゃねえか」
「本人に話を聞いたことが無いのでわかりませんけど、空間認識能力が普通の人間より優れてる影響だと思います」
「……ああ、だからいつもより荒れてねえのか」
「何がですか」
「おめー木虎に負けた時は毎回大荒れじゃねえか」
「……別に。南沢先輩は年上だからです」
「ふーん? まあいいけどよ。おら、今日やった個人戦の記録みて反省会……ん?なんか妙にざわついてんな」
諏訪さんがタブレットから顔を上げる。無視できないくらいのざわめきがC級ランク戦ブースに広がっていた。誰かA級が個人ランク戦でも始めたのか。それとも即席混合チームで模擬戦でも始めたんだろうか。ディスプレイが遠くてここからではよくわからない。まあどちらにしても記録が残るだろうし、今は諏訪さんと反省会をしなくては__とタブレットに視線を落とそうとして、聞こえてきた会話に思わずぴくりと反応してしまった。
「__聞いたか!? 今木虎と南沢姉がランク戦してるらしいぞ!」
「マジかよ! ていうかあの2人もうB級上がったと思ってたわ」
「いやそれがさ、2人とももうB級昇格目前らしいんだよ!」
「えっ、てことはあれじゃん、勝った方が先にB級上がるってことだろ!?」
「なな、どっちが勝つか賭けようぜ! 俺南沢な!」
「……ったく、しゃあねえなあ。行くぞ草壁」
「え」
「早く行かねえと見やすい場所取られんぞ」
「私観戦するなんて一言も、」
「どうせ今から反省会やってもそわそわして頭入らねえだろうが。いいから行くぞ」
「……はい」
何を言ってももう無駄だ。それに今から反省会をやっても集中できないのは自分でもわかっていた。諏訪さんがさっさと席を立って歩き出したのを追いながらディスプレイに目を凝らす。画面の表示的に多分、5本勝負。今が3戦目のようで、それぞれの名前の横に〇と×が1つずつだから戦況は1対1。とりあえず座れる場所を確保して落ち着いて見ようと小走りで諏訪さんに並んだ。
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「≪木虎緊急脱出 1-2 南沢リード≫」
どん、と音を立てて光が弧を描いて飛んでいく。
それを見送りながらふう、と息をついた。あと1本勝てば私の勝ちだ。
結局あれからキットカットを食べていたら、わたしとほぼ変わらないポイントの人から対戦依頼が来た。どうしたものかと眺めていたら回線が繋がって、5本勝負をお願いしたいとご丁寧に頼まれたのだ。綺麗な敬語を使うその子は木虎というらしい。どこかで聞いたことあるような無いような。まあちょうどいいポイント帯の人だしと思い2つ返事で引き受けて5本勝負が始まった。
転送された先で相対したショートカットの女の子は少し見覚えがある気がして、実際に戦闘開始してからすぐに思い当たった。火力で押してくる銃手や射手はC級に多いけど、頭を使ってくるタイプはそんなに多くは無い。その中でも彼女は突出して頭の良さが光っていたからちょっと印象的だった。何回か対戦したけど、多分正隊員になって戦闘用のトリガーを持てば今以上に化ける。
「≪C級ランク戦5本勝負 4本目開始≫」
アナウンスと共に目を開けば、木虎が拳銃を構えるのが見えた。
「(だからこそ、武器が拳銃しかない今は
銃口から放たれた弾丸をよく見て、必要最低限の動きで躱す。そのまま足を止めずに周りの建物を使って射線を切りながら距離を取った。追いかけてくる木虎の方は振り返らずに後方へ銃を向けて数発アステロイドを放つ。
……命中。ちらりと振り返った先の木虎は狙い通り右足が飛んで足を止めていた。
「(……サイドエフェクトもだいぶ使い慣れてきたな)」
入隊した直後の検査で発覚したわたしのサイドエフェクト。“強化空間知覚”と名付けた医務室の人曰く、わたしは普通の人よりも空間を認識する力が遥かに優れているらしい。簡単に言うと、空間にある物体の配置を完璧に把握できる。視界の中はもちろん、視認できないところも一定の範囲内なら文字通り、全て。
指摘されてはじめて気づいた能力だが、そう言われてみれば確かに色々と腑に落ちた。幼い頃からわたしはかくれんぼの鬼がすごく得意だ。見つけられなかったということが無い。どこに隠れてもなんとなく皆の隠れ場所がわかるからゲームにならなかった記憶がある。
そしてこのサイドエフェクトは、かくれんぼの鬼役なんかよりずっと戦闘向きだった。射手に細かい弾でフルアタックされても全弾捉えて打ち落とせたし、たまに頭のいい子が使ってくる置き弾もわたしには通じない。意識して使ったことが無かったから慣れるのに少し時間はかかってしまったが仕方がない。今までよりも意識してきちんと使用しているせいか、やりすぎると頭が痛くなるのだ。
それから最近になってから気づいたことだが、このサイドエフェクト。
真骨頂は別にあった。
「……っ!」
「(片足が削れて機動力が落ちたこの状態なら、多分やれる)」
急ブレーキをかけながら後ろを振り向く。すぐさま地面を蹴って木虎の方へと突っ込みながら、地面に膝をつく彼女に意識を集中させる。
以前は戦闘中の成り行きでなんとなくできたことだから意図してやるのははじめてだけど。それまで全体を俯瞰していたのが1点を捉えて鮮明になる感覚。
見て、見て、見て、……。
「____視えた」
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「≪木虎緊急脱出 5本勝負終了≫」
「≪1-3 勝者南沢≫」
「……あれは……」
アナウンスが私の敗北を告げる。だけど私は、最後のトドメになった攻撃に呆然としていた。
ラストの銃撃。どう動いたとしても絶対に逃げられなかった。足を削られたのもあるけれどあんなのまるで、
「私がどう動くかを完全にわかっていたみたいじゃない……」
ディスプレイに表示された≪アステロイド 4013≫の表示を見つめる。南沢天。仮入隊で才能を認められて3600ポイントスタートだった私と違って、仮入隊無しの1000ポイントだったと聞いている。ボーダートップレベルのトリオン量の持ち主で、非常に戦闘向きのサイドエフェクト持ちだということも。ランク戦を申し込めば相手がどんなポジションや高ポイントだろうと引き受けると知って、はじめて自分から個人を指名してランク戦を申し込んだ。
「(何度申し込んでも結果は同じだったけれど)」
わかっている。訓練用トリガーでは持てる武器は1つ。いくら工夫して頭を使っても、圧倒的なトリオン量の前ではどうしようもない。彼女のように戦闘向きの強力なサイドエフェクトがあるならなおさら。
「……でも、これではっきりしたわ」
恐らく私はこのまま正隊員になって戦闘用トリガーを手に入れたとしても、銃手のままでは一生彼女に勝てない。ただでさえトリオン量の差が如実に出るこのポジションは分が悪すぎる。
だったら。
「攻撃力がトリオン量に依存しない武器を身に着ければいい。……いつまでもこうしちゃいられないわね。さっさとB級に上がらないと」
ポイントが減ったとはいえ、元々同じくらいのポイント帯だったからそこまで多くは取られていない。最も向こうは今ので4000を超えてB級になったわけだけど。それでもあと200ちょっとならすぐ稼げる。
手を伸ばした先のディスプレイ。対戦待機のリストの中から彼女の部屋番号が消えているのに気づいて一度肩をすくめてから、画面へと手を伸ばした。