新月に架かる鳥が意識を落として、廻る。
君は僕で、僕は君。
だけど、君は君で、僕もやはり僕でしかない。
灰白色の空に見初められて、群青の花びらが散る。
答えは誰からも返ってこないから、僕は頭を抱えて見せた。
手首に嫌なアレルギーが出来ている。
皮が堅く膨れ上がって、肉が直接捲られたように、ずくずくと絶えずリンパ液を出している。それが我慢ならない程に痒くて痒くてたまらない。
昔、人間には痒いと感じる器官はなく──正確には発見されていないだけで──、痒みというのは微弱な痛みだと言われていた。
痛みに満たないもの、つまり、生命危機にはならず、痛みという形の警告を発するまでもない程度の刺激。
俺は、白く冷たい見た目を持つ自分の手首の肌理を思い切り引っ掻いて、気が済むまで掻き毟ってしまう。奥から疼くような熱をもって、じくじくと体液を滴らすこの痒みは、警告するほどでもない、ごく微弱な痛みだとでも言うのだろうか。こんなの、おかしい。笑えない気がする。
ガリガリと、初めこそは固く皮を毟っているような指先の感触が、次第に粘土を抉っているような感覚へと変化する。だんだんと血も混ざって、そうすると穢れという穢れが流れだす気さえした。
それは痛みではなくどこまでもどこまでも痒みな訳だから、いくら掻き毟ったところで治る気配のない腐ったような手首。
…ああ、痒いというのは本当に不快だ。
今夜も俺は、傷口をガリガリと掻き毟りながら、ベッドの中で眠れない夜を苛々と過ごしていた。
ベッドサイドの煙草でも吹かしていたい爛れるような真夜中、俺の隣では桂月が眠っている。
あまりにも幸せそうな顔は、少なくとも精神的によろしくないように思えた。乱れたシーツ、後片付けとシャワーくらいはしたが、しかしそれはただの八つ当たりでしかないのか。いや、偽善的処置、有期理論、とにかく今の俺には、すべてが気に入らない。
月明かりが色をつけて煌々と輝いている。窓越し、ブラインドから溢れるその憂色を含んだ刹逢のみで、俺はこの心を抑える事しか今はもう許されていないのかもしれない。
不気味に、桂月が月明かりに晒された。青白い死体のように浮かび上がり、そのふくらみを誇示する。桂月の寝息が耳元で穏やかに響くものだから、このままこいつの鼻と口を塞いで本当に死体にしてやりたい、と無性にそう思った。
愛しているから殺すとか、そういった話を聞いた事がある。しかし正気の人間ならばきっと衝動でしか殺せない。
桜の花は、昔から人の血を吸うと、誰かが言っていた。
月の光は、昔から人を狂わせると、誰かが言っていた。
世の中、狂人のスイッチで満ち溢れかえっている。
| back |next