Star footsteps.
不幸せに気付くまでが幸せだと思われがちだけど、実は、ずっと後で振り返ってみると、不幸せに気付いた時が幸せの始まりなんだよと、彼は言っていた。







瞬きを美しいと思う。その感慨は、球体に高速で引き寄せられ落下する軌道をひどく切ないものにさせた。
無数の無軌道は細かな光を散らして幾ら揺らいでも近付きはしない。温度のないランプのようで、手の届かないずっと遠くのその奥から、人々を照らしてきた光景なのだろう。ふいに裾のほうで震えが足首に絡む。これを、足が竦む、というのだろうか。冷たくなった一体はようやく怯えた。


「睦月、あれがうお座だよ。二匹の魚と魚が、リボンで結ばれているんだ」


玄は上空を指し示しながら、実は、うお座は精液と海水が混ざり合ってできた泡から生まれたのだと教えてくれる。にわかに生々しいと感じた。けれど強烈に惹かれた。それは、ふたつの魚が恋人同士であるという事が容易に想像出来たからだった。


「じゃあ、あそこで強く発光している星は?」

「あれは変光星のミラといって、光の強さが大きく変わる有名な星だよ。あれをほぼ中心にして星を繋ぐと、くじら座だ」

「くじら座?わたし、くじら大好きよ。大きくて優しいもの」

「そうだね。だけど神話では、あのくじらはメデューサの首によって石になるんだよ」

「メデューサって、髪の毛が蛇になっている女でしょう?恐いわ。それなら、あのくじら座は、くじらの白い骨なのね」


すぐ隣に、こうして同じように見上げる愛しい人の気配は、わたしにとっての不可欠な絶対であった。夙に呼吸すら潜むようで、息を吹き返すことは、わたしにも難しい。
天体は流れないし、回らない。ただ真上から俯瞰してくるだけ。だんだんと狭まるように押し寄せてくる暗がりに、わたしは眩暈を起こす。
夜空の何億光年もの孤独を受けてしまったわたしはあなたの手を離せずにいた。発光しながら動く物体を見つけては、ユーフォーかな、人工衛星だよ、流れ星だといいね、そうだね、なんて言いながらふたり並んでいる。そこに配置されたままの吐息は夜気に凍ったまま浮かんでいて、それが溶ける。


「ただひたすら傍に寄り添って見守るものが神様だと言うのなら、もう人工衛星が神様でいいと思う」


玄の声は震えていた。揺れてしまう、波打つ背筋がおどろかす、視界のブレをも彼が抱えてしまうから、わたしは冗談を剥ぎ取ることはせず、諭すように微笑む。


「人工衛星は、たまに落っこちてくるのよ」

「そこは受け止めて欲しい」

「おかえりって、欠片しか抱き締めてやれないわ」

「うん。欠片でも残るのなら、嬉しいんだ」


ふいに彼の目蓋が伏せられ、綺麗な目玉に影ができた。濁った藍色がぐらぐら揺れる。睫毛が震えていた。
玄の真意が分かった。それは、わたし自身が、その時間を瞬間という衝撃を以てして永続的に固定してしまいたいと、密かに願いをかけるのとひどく似ていたからだ。
後ろめたい感情をおし殺して、わたしは空っぽの左手を伸ばす。玄の頬はナイフのように色が無く冷たい。忽ちわたしの熱を奪っていった。


「…それは、あなたの話だったのね」

「……そうだね」


泡から生まれたお魚。くじらの白い骨。
海底のような暗がりでたゆたう星たちは、ここが地上だということを忘れさせた。
依然として鮮明である視界を維持させる、光の所在が十分な時間ではない。感じ得るすべての存在と意識を平等に遮断されている、夜明けにはまだ遠いその距離を、誤作動として認識した。海というかたちで。

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