強く生きろ name
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その日に見た夢は、いつもと違う夢だった。

お母さん、お父さん、弟の三人が、お墓の前にしゃがみ手を合わせている。私はといえば、中沢家の墓と書かれた墓石に座っていた。あぁ、やっぱり私は死んだんだな。

ふと足元を見れば、お母さんの後頭部とは別に、墓石の前に置かれた、綺麗にラッピングされた箱が目に入った。



「朱理...誕生日おめでとう」



小さく聞こえたその声に、思わず息を飲み込んだ。
そうだ、そうだった。私が死んだあの日は、誕生日だったんだ。震えるようにつぶやいたお母さんは、ラッピングされたその箱を優しく抱きしめて、その場で蹲るようにして前に手をついた。


「朱理...ごめんなさい...」



そう何度も謝るお母さん。謝るのはむしろ、私の方なのに。
私は座っていた墓石から立ち上がり、お母さんの背中に手をついた。お父さんもお母さんを支えるように抱きかかえていて、まだまだ小さい弟は、そんな二人を不思議そうに眺めていた。


「ありがとう、そしてごめんね、お母さん」


死んでからやっと、お母さんと呼ぶことができた。
こんなに遅くになってから、呼べるようになるなんて。誰も、それこそ神様だってわかってなかっただろう。


お母さんの手の甲に、私の涙が流れ落ちた。ピクリとお母さんの身体が固まり、恐る恐る上を見上げるお母さんの目が徐々に見開かれていくのがわかった。

もしかして、見えているのだろうか...?


「...まさかね...」


お母さんは小さく笑いながらそう呟くと、箱を抱きしめながら、ゆっくりと立ち上がった。

お父さんと弟と一緒に歩いていくお母さんを見つめる。
私は今、笑えているのだろうか。ゆっくりと手を振って、最後の挨拶を心の中でした。


バイバイ。



すると、不意にこっちを振り向いた弟が、小さく私に向かって手を振った。見えていたのだろうか?私は笑みを浮かべて、弟に向かって手を振る。


「お姉ちゃんがこっちに手を振ってたよ」

「え?」


弟がお母さんに向かってそういったのがわかった。思わず、手を握りしめて、弟を見つめる。

弟にはやっぱり、私が見えていたんだ。

すると、何を言っているのかというような顔で、墓石の前でへたり込んでいる私の方に、ゆっくりとお母さんが振り向いた。


「...お母さん...」


小さく呟いた私の声は、お母さんの耳に届いただろうか。
お母さんという言葉は、きちんと届いただろうか。



「...朱理...」


お母さんが私の名前を口にする。

最後に、お母さんの目に私の顔はどう映っていたのだろう。泣き顔じゃない、笑顔で映ってくれただろうか。

死んでから素直になって、ごめんね。

お母さんの目から涙がこぼれ落ちた。お父さんが慌てながらお母さんを支える。

よかった。最後に、お母さんと目を合わせることができて。

お母さんと呼ぶことができて。






ハッと目を開けた時には、すでに朝だった。隣に眠るのはお登勢さん。昨夜泣きながら、お登勢さんにすべてを話したことを思い出す。

私は、これからも生きていっていいのだろうか。
逃げ出してしまった弱い私だけれど、生きていけるのだろうか?



「...起きたのかい、朱理」

「お登勢さん...おはようございます」


お登勢さんがゆっくりと体を起こす。私の顔をじっと見つめて、突然笑い出したかと思うと、お登勢さんは私の目元をそっと撫でた。


「目が腫れているね...何かで冷やそうか」

「ありがとうございます」


笑い声をあげながら、布団から体を出すと、お登勢さんはお店の方に向かって歩き出した。私は布団からじっとお登勢さんの背中を見つめると、私の視線に気づいたのか、お登勢さんがゆっくりとこっちを振り向いた。

まだ朝早いからかうっすらと暗いお店の中。お登勢さんは私の目と目を合わせると、ゆるりと頬を緩ませると、いつもの少し低い声で、それでも明るくこういった。



「おはよう、朱理」




生きていくとは、こういうことなのだろう、と。

なんとなくそう思った。






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