強く生きろ name 3 「坂田さーーーん、家賃の回収に来ましたよー」 あの冬から、私たちの元に一人、家族が増えた。 坂田銀時、という死んだ魚のような目をしている男性だ。 「朱理ちゃんよ〜銀さん今忙しいんだわ」 「ジャンプ読んでる人は忙しいとは言いませんよ」 スナックお登勢の二階に住み着くようになった坂田さん。毎回のように家賃を滞納する坂田さんには、お登勢さんの手を煩わせないように私が回収に向かっている。 「はい、先月の分も合わせてですからね」 「朱理ちゃんよ〜チミには人の心が無いのかね」 「人の心があるから一ヶ月待ってあげたんですよ」 ちゃらんぽらんでよく家賃を滞納するこの方に私もお登勢さんも少しめんどくさいものを拾ってしまったな、と思っているけれど、それでもやっぱりなんだかんだでたまには役に立ったりしてくれる坂田さんを、私もお登勢さんも気に入ってたりする。 事務の椅子に座ってジャンプを読んでる坂田さんを尻目に、ソファの下に置かれてある隠したつもりなのだろうへそくりを私は手にした。 「じゃもらっていきますね〜」 「ちょっと待とうか朱理ちゃん。そのお金は今どこから取り出したのかな!?」 「え?坂田さんのヘソクリを隠してるところからなんですけど...」 坂田さんは結構わかりやすい場所にお金を隠していたりする。このお金を家賃のために使わないで何のために使っているんだかわからないけれど。きっとくだらないことに使っているんだろう。 諭吉何枚かを手にして玄関で靴を履いていれば、坂田さんが慌てながらこっちに向かって走ってきた。 「何当たり前のようにヘソクリの場所知ってるの!?」 「坂田さんわかりやすいんですもん」 「いやいや、え!?」 「それでは〜」 まだ何か言ってる坂田さんを尻目に、私は急いで階段を駆け下りて、お店の中へと入る。 「お登勢さん家賃回収しました!!」 「ちょっと待てええええええ!!!!!」 一旦閉めたお店の扉を、坂田さんが大声をあげながらまた開く。 バシン!!となった扉にお登勢さんが怒鳴りながら坂田さんを睨めば、坂田さんは肩で息をしながら私に向かって人差し指をピンと差した。 「おたくの娘どうなってんの!?躾ちゃんとしてんのかバーさん!!」 「あん?」 「人の家のヘソクリの場所なんで知ってんだよ!!」 「家賃ためてるあんたが言えた事かい!!」 こうやってまた叫びながら二人の喧嘩が始まる。 私はそれを、カウンター越しに眺めながら今日も元気だなーと二人を見つめる。 この、坂田さんの娘という言葉に、私は未だになれることができない。 心の奥からムズムズとした何かが駆け巡って、思わず頬が緩むのだ。 お登勢さんの子供に見えるのがこんなにも嬉しいなんて。生きていた時は、親子のようなことはできなかったから、今の人生ではお登勢さんと家族のように過ごしたい私の気持ちが、行動にでも出ているのだろうか? 私は未だに、娘ではないという否定の言葉を言っていなくて、そして未だに坂田さんが私を娘だと思っているということは、お登勢さんもそれを否定していないということなのだろう。 それがとても嬉しくて。 「...あ?何朱理ちゃん笑ってんだよ。元はといえばね、朱理ちゃんが俺のヘソクリを取っていったことが問題なんだからね!?」 「元はあんたが原因だろうが!!」 「そうですよ坂田さん、大人なんだから家賃ぐらい払ってくださいよ」 「なんなんだよこの親子二人...」 悔しそうにぐぬぬと言いながら唇を噛み締める坂田さんを、お登勢さんと二人で笑いながら見る。 何かを観念したのか、諦めたようにはぁと一息つくと、坂田さんはこっちを見ながらシャーネーナと言い、カウンターの席にすわった。 「バーさん苺牛乳」 「ここはスナックだよ、お酒を出す場なんだけどねぇ」 お登勢さんはそう言いながらも笑ってタバコを吹かして、そして冷蔵庫の方へと向かった。 私は綺麗なグラスを出して、お登勢さんから受け取った苺牛乳をなみなみと注ぐ。 「はいどうぞ、坂田さん」 「お、朱理ちゃんあんがと〜」 美味しそうにゴクゴクと飲んでいく坂田さん。確か糖尿病予備軍だとか言ってたなと思い出した。 「朱理ちゃんもあともう少しで20歳なんだって?」 「そうなんですよ」 「なんかお祝いしねーとな」 「本当ですか!?」 「なんか考えといてよ」 そういった坂田さんに「そんなお金あるんなら家賃ぐらい払え」というお登勢さんの言葉がごもっともすぎて、私は笑いがこらえられなくなった。確かにその通りだ。 「じゃあ家賃が欲しいかな?」 「おいおい...本当スナックで働いてるだけあるな...」 「朱理の方がもう古株だからねぇ」 苦笑しながらそういった坂田さんに、お登勢さんがタバコを指で掴みながらそういう。 この世界に来て3年。私はあと少しで、ここで成人を迎える。 随分と長い時間を過ごしてきたなと思うものの、大人なお登勢さん、20代の坂田さん、友達のお花屋さんの薫さんを見れば、私はまだまだ全然生きていなくて。 16なんていう生まれてすぐの年に死んでしまったことをいつも後悔している。 ここでやり直しをしろと言ってくれたお登勢さんのそばで、私は今度こそ後悔しない生き方ができるのだろうか。 私を娘のように接してくれるお登勢さんを、今度は私が守ってあげられるのだろうか。 「あんたねぇ、ここは定食屋じゃないんだよ」 「いいじゃねぇか、米ぐらい」 「これは夜に客に出すためのものなんだよ」 「しけたこというなよバーさん」 それでも今は、こうやってまた生きて、お登勢さんの元で生きて、坂田さんたちに出会えたことを、この上なく幸せに思っている。 → |