強く生きろ name 2 本当は、キャサリンさんの歓迎会ということですき焼きをしようと思っていた。 どうせならということで坂田さんと新八君も呼ぼうってなって。それで新八君たちにお使いしてもらったら、新しい女の子も増えて。 どんどん私の周りには人が増えていくなーって。嬉しくなって。 そしたら、まさかのキャサリンさんがお店の売上金を盗む犯罪者だったなんて思わなくて。 私はびっくりした。本当にびっくりした。 人間はいろんなタイプの人間がいるし、悪い人もいい人もいるだなんてわかっていたけれど、ここにきてから、私はいい人間にしか出会ってこなかったから。キャサリンさんがそんな人だったとは思わなくて。 車に乗って追いかけていった坂田さんたちをお店から見送る。 私は後ろを振り向いて、お登勢さんと二人でどうするか話した。 「今応援でもう一台きますので、それに乗って同行お願いできますか」 という警察の方の言葉に、私とお登勢さんは二人で、お店の前に来た車に乗り込んだ。 運転手が車を運転している間も、私とお登勢さんの間に言葉はなかった。 確かにお店の売り上げを持って行った悪い人間ではあるけれど、キャサリンさんを嫌いになることがどうしてもできない私は、随分と長くこの街に居座ってしまったようだ。 「...朱理」 「はい」 不意に口を開いたお登勢さんは。私の方を向かずにこう聞いた。 「あんたはどうしたい。キャサリンを、許してあげられるのかい」 「私は...確かに、許すことはできないことだと思います」 「あぁ」 「でも...お登勢さんが、私を拾って変われたように、キャサリンさんを変えることも、できるんじゃないかと思います。...この考えは、バカな考えなんでしょうか?」 シンとしずまる車内は、エンジンの音が響くだけだ。 「すぐに変わることはできないかもしれないけれど。でも、自分を変えることに苦しむことは...悪いことじゃないと思うんです。 私が、そうだったから」 私は犯罪を犯したわけではないけれど、それでも、自分を変えたくて、それに気づいた時の後悔は大きかったから。 キャサリンさんにも、気づいて欲しい。だって。 「私、キャサリンさん、好きです」 「あぁ、私もさ」 ただその感情だけあれば、この町、かぶき町は、なんでも受け入れてもらえるある意味では優しい町なんだ。 キャサリンさんの乗っているスクーターが目に見えた。 橋の付近に車を止めて、お登勢さんの後に続いて私も車を降りる。 お登勢さんは橋の方まで歩いて行き、私は車の近くで、お登勢さんの背中を見つめた。 「そこまでだよキャサリン!! 残念だよ、あたしゃあんたのこと嫌いじゃなかったんだけどねぇ。でもありゃあ偽りの姿だったんだねぇ。家族のために働いてるってあれ、あれも嘘かい」 「...お登勢サン...アナタ馬鹿ネ...世話好キ結構。デモ度ガ過ギル。私ノヨウナ奴ニツケコマレルネ」 「こいつは性分さね、もう直らんよ。でも、おかげで面白い連中とも会えたがねぇ。 ある女はこう。あれは雨の降る夏の夕方だったかね。 どこにも行くあてがない迷い子みたいな目で店の路地裏に座っていたんだ。 そいつはとんでもないことをしてしまったと言って後悔に襲われていてねぇ...どうしたらいいのかわからないといって泣いていたんだ。 だけどそいつは、幸いにも生きていた。だから私はこう言ったのさ。 強く生きていくんだ、ってね」 私とお登勢さんが出会った当初の話だ。 思い出すだけでも恥ずかしい話だけれど、私の生きていく家での座右の銘となる言葉だ。 「そして、ある男はこうさ。ありゃ雪の降った寒い日だったねぇ」 お登勢さんはタバコを取り出し、一本を口にくわえて話しだす。 私とお登勢さんが坂田さんに出会った時の話をしていた。お登勢さんの旦那さんのお墓の後ろで、座っていた坂田さんは、急にお墓ごしに声をかけてきたんだっけ。 そしておもむろに手を伸ばしてお饅頭を取っていって貪っていたんだ。 未だに私たちは、どうしてあのとき坂田さんがボロボロの服装であそこにいたのか、聞いたことはない。 そんなもの、出会えてこうやって笑い合えている今は必要のないものだから。 「死人が口聞くかって。だから一方的に約束してきたっていうんだ」 キャサリンさんがエンジン音を鳴らしてお登勢さんに向かってスクーターを走らせる。 「この恩は忘れねぇ。あんたのばーさん老い先短い命だろうが、この先はあんたの代わりに娘共々俺が護ってやるってさ」 お登勢さんにキャサリンさんが突っ込む前に、坂田さんが川から飛び上がり、キャサリンさんの頭に向かって木刀を振り上げた。 「仕事くれてやった恩を仇で返すタァよ、仁義を解さない奴ってのは男も女も醜いねぇ、ババァ」 「家賃を払わずに人ん家の二階に住み着いてる奴は醜くないのかい?」 「ババァ、人間なんてみんな醜い生き物さ」 「坂田さん言ってることメチャクチャですよ」 橋の手すりに寄りかかって3人で言葉をかわす。 めんどくさそうに話したりしてるけど、なんだかんだでやっぱり坂田さんは頼りになる人だ。それはお登勢さんも思っていたのか、タバコの煙を一つ吹き出すと、「まぁいいさ、今日は世話んなったからね。今月の家賃ぐらいはチャラにしてやるよ」といった。 「マジでか?ありがとうババァ。再来月は必ず払うから」 「何さりげなく来月すっ飛ばしてんだ!!」 それでも、相変わらず坂田さんは坂田さんのようだ。 「あ、すき焼き買ったのに、どうしましょうか」 橋の手すりから離れて、二人の顔を見渡すように私がそう聞けば、お登勢さんはタバコを口から離し、そうさねーと一言呟くと、ニヒルに笑みを浮かべた。 「せっかくだし、やろうじゃないか」 「マジかよ。おい新八、神楽、今日はご馳走だぞ!!」 「神楽ちゃんはたくさん食べるみたいだし、もう少し買ったほうがいいかもしれないですね」 「じゃあ買ってきますよ、朱理さん」 「本当?お願いしようかな」 坂田さんの声かけに明るい笑顔で近づいてきた神楽ちゃんと新八君に笑顔を見せれば、神楽ちゃんは傘を手に持ち、首をかしげてこう言った。 「そういえば、お姉さんの名前知らないネ。私は神楽ヨ。よろしくヨロシ」 「よろしくね。私は朱理っていうよ」 「朱理ネ、覚えたヨ!!」 私より幾分か下にある神楽ちゃんの身長とまだ幼さの残る顔立ちに、妹ができたようでなんだか嬉しくなる。 「それじゃあ3人にはお使い行ってもらうね」 「ヒャッホーイ!!」 「わかりました」 「俺もかよ」 「坂田さん大人なんだから、責任持って行ってください」 「へいへい...ったく、朱理ちゃんは俺の母ちゃんか何かかよ」 「こんな天パを生んだ覚えはありません」 「今こんなって言ったよね!?」 坂田さんが何やらギャーギャー言ってるようだけどそれを無視して、新八君に急いで書いたメモを渡して手を振る。 めんどくさそうに歩きながらもきちんと新八君と神楽ちゃんの二人を引っ張って歩く姿は、一家の長のようだった。 → |