強く生きろ name
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『ねぇ、朱理』

『あれ、神楽ちゃん、どうしたの?こんな夜遅くに。眠れない?』

『ううん、そうじゃなくて...』

『うん?』


私は未だにこの世界の仕組みがよくわかっていない。天人ってなんだろう?って今も思ってる。神楽ちゃんは夜兎っていう天人らしいんだけど、それでも私には可愛い女の子にしか見えなくて。そりゃ人よりすごい怪力だしたくさんご飯も食べるけど、でもやっぱり可愛い女の子で、いつの間にか私の妹のような存在になっていたんだ。


『これ、漢字でどう書くか教えて欲しいネ』


皆が寝静まった夜遅くに、神楽ちゃんは一人でお店の方に下がってくることがあった。私がお店で片付けをして電気をつけていれば、必ず神楽ちゃんは中に入ってきて、何枚にも重なった手紙と鉛筆を数本持ってくるのだ。
カウンターの席に座って、神楽ちゃんの前に暖かいココアを置いて、私はその隣で神楽ちゃんの書く手紙を見て、文字の間違いや漢字の指摘をする。

神楽ちゃんは、出稼ぎに地球に来てると言っていた。家族はお父さんとお兄さんがいるらしいけれど、お父さんにもお兄さんにも全然会えていない、とか。神楽ちゃんはお父さんのことを尊敬しているらしくて。


『エイリアンハンター?』

『そうネ!!私のパピー、エイリアンを倒して賞金稼いでるネ!!すごく強いんだヨ!!』

『へぇ〜...よくわかんないけど、神楽ちゃんがすごく強いのと関係してるのかな?』

『私はまだまだヨ。でも、いつかパピーみたいなエイリアンハンターになるのが夢ヨ』

『神楽ちゃんエイリアンハンターになるの?怪我とかするよね?』

『大丈夫ヨ。私、夜兎。人よりも回復力は早いネ』

『えーでも心配だな...神楽ちゃんかわいい女の子なんだし、無茶は駄目だよ?』

『か、かわいいなんて...!!そんなことないネ!!』

『いっ...!!痛い痛い、神楽ちゃん、ストッ...!!』


そうやって照れながらもお父さんのことを話す神楽ちゃんを見ていた。
お父さんが大好きなんだなって。家族を、大事にしてるんだなって。私も、この子と同じぐらいの時、家族を大切にしていただろうかって。神楽ちゃんを見て、私はいつもそう思っていた。




「ねぇ坂田さん」

「...んだ、朱理ちゃんも俺に説教か?」


新八くんが大声をあげて怒りながら上から降りてきた。心配になって彼に話しかければ、新八くんは「銀さんのこと、見損ないました。神楽ちゃんを、取り戻してきます」と、真面目な顔でそう言って走って出て行ってしまった。
私はそっと、綺麗になった万事屋の部屋へと入る。坂田さんは、いつもの席に一人座って、ティッシュを鼻に詰めて鼻血を止めていた。


「神楽ちゃん、いいんですか?」

「...家出娘だぜ?親が迎えに来たんだから、返すのが当たり前だろうよ」

「...神楽ちゃん、坂田さんたちといるのが楽しいって言ってましたよ?」

「それとこれとは別だ。血のつながりがある家族ってもんがいるなら、そっちを選ぶべきだろう」


坂田さんは飄々としながらそう言っているけど、本当は心の中で戸惑っているに違いない。これでいいんだと思いながらも、本当はどうするのが一番なのか、とか。家族だなんだ言ってるけど、それならこっちにだって言いたいことはある。


「それこそ、それとこれとは別です」

「あん?」


坂田さんが記憶喪失になった時。神楽ちゃんが毎日ここにきていたこと。神楽ちゃんがどれだけ坂田さんたちとの時間を大切にしているのか。お父さんへ書くお手紙に、何度もなんども坂田さんや新八くんのことを書いて、私のことも書いてくれていた神楽ちゃんを。



「坂田さんは、知らないんじゃなくて、見ないふりをしてるんだ」


本当は知っているくせに。すでに、神楽ちゃんたちだって大事なものになってるくせに。新八くん、神楽ちゃん、坂田さん三人での万事屋が、大切なものになってるくせに。


「なんで...知らないふり、するんですか...?」


私と坂田さんの関係もすごく長くなった。
初めてお登勢さんの旦那さんのお墓で出会った時から、ずっと。私とお登勢さん、坂田さんはずっと一緒にいた。喧嘩しながらもなんだかんだ仲の良い二人を見ながら、なんだかんだ面倒見の良い坂田さんに見守られながら、私はひとつずつしっかりと、大人へ近づいたつもりだ。

だからわかる。わかるんだ。坂田さんは、大事なものほど、大事なものにしないようにしてる。

妹のように扱ってくれる坂田さんが、たまに遠い目をするのなんて、ずっとずっと昔から知っていた。


「...なくなよ、朱理ちゃん」

「泣いてません」

「泣いてんだろ。じゃあなんだそれは」

「汗」

「ジャンプの主人公かお前は」


一人でに流れる熱いものを、着物の袖で拭う。
ふと隣に、定春くんがやってきて、坂田さんの着物の袖に鼻をクンクンと近づけていた。


「...目ざとい野郎だな。あいつの匂いがすんのか」

「それ...」

「よく朱理ちゃんのところに行って書いてたな」


定春くんが坂田さんの袖から取り出したのは、神楽ちゃんがいつも書いていた手紙だった。
その手紙を触るために、定春くんのそばにしゃがみこむ坂田さん。


「...朱理ちゃんよ」

「...はい?」

「俺も、親子がどんなもんなのかよくわかってねーけど...きっとこれで、良かったのさ」


そう寂しそうに言う坂田さんが、いつもの坂田さんとは違うように見えて。
その背中に、背負われている見えない何かがわからなくて。その目に見えているものが何なのかも、わからなくて。

私は坂田さんのそばに近寄って、彼のふわふわな天然パーマをそっと撫でた。

ふわふわだった。

綿飴のように、ふわふわだった。





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