強く生きろ name
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ここに来てから早数ヶ月。お登勢さんはとても優しく私に接してくれて、さらにお客さん達もとても優しい。

ここにいる人達は人を疑うって事を知らないんだろうか。こんな出所も分からない私を、朱理ちゃんと優しく呼んでくれる彼らの優しさにつけ込んでいる私が言えた事ではないのだけれど。

そんな周りの変化についていけないからなのかは分からないが、毎日毎日見る夢があった。

それは、自分が死ぬ瞬間の夢だ。

お姉ちゃんと叫ぶ弟に、朱理!!と叫ぶ親。いつも私をいびってきた母親は涙を流していて、その持っていた袋から落ちた物に見向きもせず私の亡がらに駆け寄っている。

あぁ、何か落としてる。私はそう思いながらも、一体それがなんなのかは分からないまま、夢が覚めるのだ。



「あんた、何があったのかは知らないが、毎日深夜うなされてるのにそれは関係してんのかい?」
「え...?毎日うなされてますか?」
「あぁ、毎日ね」
「そ、れは...すみません」
「いや、いいんだ。人には皆抱えてるものがあるからね。ここに居る奴らは大抵そんな人間ばかりさ」

仕事も一段落付き、お客さんを全員帰らせた夜の事だった。テーブルを布巾で拭いている時にお登勢さんはタバコをふかせながらそう聞いて来た。

毎日うなされている自覚は無かった私。思わず冷や汗がたらりと流れたのを、お登勢さんは気づいただろうか。

ふぅ、ともう一度煙を吐いた後、お登勢さんは奥へと入って行った。そのテーブル拭き終わったらお風呂に先に入りな、と毎日の恒例の言葉を言って。



そんな事があった次の日、私はまだ準備中の昼の時間に、お登勢さんにあるおつかいを頼まれた。

「花を買って来てくれるかい」
「花…ですか。どんな花ですか?」
「なんでもいいよ」
「わかりました」

手に収まったお金を握りしめて、私はあれ以来初めてかぶき町の地を踏んだ。
お登勢さんにもらった地図通りにスーパー大江戸へ向かい、その向かいにあるお花屋さんへと足を向ける。
色んな種類の花があって、これはなんでもいいと言われてしまって困ったと思った。

「あら、いらっしゃい。どんなお花をお探しかしら?」

赤紫の奇麗な髪をした店員さんにそう聞かれ、どうしたものかと首を傾げておすすめはありますか、と聞くいた。店員さんは優しく笑いながら丁寧に答えてくれた。

「今の時期だったら...そうね、アイリスなんてどうかしらん?」
「わー...奇麗ですねー...」

奇麗以外の言葉が思いつかずに、そのまま感情をあらわにしたら、その店員さんにくすっと笑われてしまった。

「すみません...言葉が見つからなくて」
「別にいいのよん。自然に出てる言葉ほど、嬉しいものはないわ」

そう笑顔で言う店員さんに、照れながら私は指をさした。

「それを入れた花束、作ってもらえますか?」
「わかったわ」

そのアイリスというお花を手にして、店員さんは机のある方へと向かう。
他にも白色の花や色々手にして、奇麗にテキパキと作って行く様子を見て、心の中でおおーと感嘆した。

思わずそれが口に出てしまっていたのか、その店員さんにまた笑われてしまい恥ずかしかった。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お金はいくらですか?」
「980円よ」
「じゃー...はい、1000円」

お登勢さんからもらっていた1000円札一枚渡す。
店員さんがレジにお金を入れ、おつりとともに名刺を渡して来た。

「脇薫よん。また来なさい」
「え...!!」

名刺と共に自己紹介され、思わず驚いた私に店員さんは笑いながらなに驚いてるのよと言った。

「だ、だって...」
「たまにしかここでは働いてないけれど、サービスするわよ」

そう言ってウィンクをした店員さん。

「...あ、中沢朱理と言います。スナックお登勢で働かせてもらってます」
「朱理ね。私の事は薫でいいわ、よろしく」

笑顔でそういう店員さん基薫さんにはい、と頭をさげてお店を後にする。
思わない所で友達ができて、とても心はうきうきとしていた。





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