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どうしても忘れることができないことがある。


ぽっかりと空いた心臓。空虚を見つめる黒い目。真っ赤に染まった幼い手。

色のない、雨。



昔からなぜか、ものを覚えることが人よりできた。
なんでも見れば一瞬で覚えられた。
だから、歴史の年号とかも、人の誕生日とかも、紙に書いてくれさえいればすぐに頭にインプットされた。

それでも、私自身それをいいものだとは思っていなくて。
覚えているだけで、流れを覚えているわけではなかったし。聞いたものは、人並みの記憶力しかなかった。

だから、普通にテスト期間は勉強したし、そんな大層なものではないと、私は思っていたんだ。



あれは四年前。
高校1年の、入学したての時。
いきなり空に現れた未知の生物が、地上に降りて街を壊していった。
最初は意味がわからなかった、何かの撮影だろうかとさえ思った。

怖かった。足がすくんで、何もできなくて。
ちょうど家族と出かけていた私たちは、逃げ惑う人たちの中家族で固まっていた。
それでも、やっとの思いで足が動いたのは、母親と父親の、大きい声だった。


「お前たちは逃げろ!!」


「逃げなさい!!」



同じく中学生になり始めだった三つ下の弟の手を引っ張って、弾けたように走った。
走り出した私たちの耳に響いたのは、両親の最後の言葉。



「生きて」



小さい声だった。それでも聞こえた私が足を止めて振り返れば、両親が二人とも、それは穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

だけど、その後ろに迫った化け物が、一突きで親の心臓を抉り取った。

まるで舞うかのようにふわりと地面に伏す母親の上に、抱きしめるかのように覆いかぶさる父親。


「うぁ...」
「姉ちゃん!!」


声も出なかった。
どうしよう。どうしよう。そんな気持ちで占められていた私の手を、今度は弟が必死に引っ張る。いいから逃げよう姉ちゃん、と、何度も何度もそう言って引っ張る弟。

どうにか自分の足を奮い立たせて、一緒に逃げ出したものの。
また現れる化け物に、次は弟が私を背に庇って立ちふさがる。


「な、なにしてんの!!逃げるよ..!?」


両腕を、これでもかというくらい大きく広げて、まだまだ小さいはずだったのに、いつの間にか大きくなっていた背中が、化け物から私を庇っていた。


「ねぇってば...!!」
「姉ちゃん」
「ねぇ!!」
「姉ちゃん!!」



弟の肩を掴んで、何度も揺さぶる。逃げよう。いいから逃げよう。
どこか遠くの方へ行こう。

そう思いながら何度も揺さぶって呼びかけているのに、弟は姉ちゃんと大きく私を呼んだ。
どうして動いてくれないの。どうして。震える手が、弟の肩をぎりりと掴む。


「姉ちゃん」
「な、に...」


あぁ、世界は残酷だ。


弟は、ゆっくりと顔だけを私の方へと振り向かせると、にこりと、恐怖なんてないのかそれはそれは明るい太陽のように笑った。






「生きて」







瞬間に広がる赤い赤い血。
目の前の弟がゆっくりとゆっくりと私の胸元へ落ちていく。

いつの間にこんなに重くなったの。こんな時にそんなこと考えたくなかった。


支えられない体重に、自分も尻餅をつくと、次はお前だとでもいうかのようにこちらを見つめてくる化け物に、私は唇を噛み締める。
ここで死んでたまるか、と。弟の肩をきっちりと掴んで、精一杯の憎しみを込めて睨み上げた。

すると、その化け物はいきなり悲鳴をあげて、どさりと大きな音を立てて倒れる。
何があったのかと呆然としていれば、私の前に立ち長い剣を持った男が、顔だけをこちらに向けて、こう言った。


「...間に合わなくて、すまなかった」



その男の名を、忍田真史という。








私の命の恩人で。












私が一生をかけても、許せない人間だ。




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