25

私の弟は、とてもよくできた弟だったと思う。姉贔屓にしてもしなくても、それはもうよくできた。

頑固な、正義感のあふれる、格好いい男の子だった。

瞬間記憶なんて持ってる私をいつも庇ってくれる優しい子だった。姉ちゃんは他の人とは違うものを持ってるけど、でもそれは、素敵なことなんだよ、って。
皆は姉ちゃんを妬んでるけど、そんなことない。もっと堂々としていいんだ。俺の姉ちゃんは、すごいんだから。

ニカっと太陽のような笑みを浮かべて、あの子はいつも私をかばってくれていた。そんな弟が大好きだった。あの子は私の、ヒーローだったんだ。


ある時だった。小さい頃、まだ私が弟の手を引っ張って歩いていた時。木の上に登ったはいいものの降りることができないでいた猫が、ニャーニャーと悲しい声で鳴いていた。それを見つけた私と弟は、助けようと思った。背の低い私たちでできることなんて限られているというのに、弟は私の手を振り切って、その木を登った。

「姉ちゃん!猫落とすから拾って!」
「え、う、うん!」

弟はいつも勇気がある子だった。あっという間に登り切って、猫のことを抱きしめる。大丈夫だよ、怖くないよ。優しい笑顔を浮かべて猫を抱えると、私に向かってその猫を落とした。
猫は私の胸の中に落ちて、私は落とさないようにギュッと抱きしめていた。

弟は、そんな猫を見下ろしてにこりと笑った。

「俺降りれないから誰か呼んできてよ姉ちゃん!」
「はぁ!?馬鹿なの!?」
「だって仕方ないだろ〜!」

猫を下ろして私は大人の人を呼びにいく。たまたま家が近かったからお母さんを呼んで、はしごを持ってきてもらって弟は助かった。その時、お母さんがものすごく怒った。

「お姉ちゃんがいたから良かったけど!なんでこんな木に登るの!」

違うんだよお母さん。猫を助けたかったんだよ。私は弟を庇おうと思って、お母さんに口を開いた。どけど弟は私の手を引っ張って、頭を下げてごめんなさい、と言ったんだ。

お母さんは怒ってしまったけど、素直に謝った弟に呆れながらも、家に帰るよ、と私たちに手を伸ばした。


どうして、本当のことを言わなかったの?猫を助けたんだよって、私は言おうとしたのに。

そう伝えたときの弟の顔が、今でも忘れられない。

「だって、俺は助けただけだよ。猫が助かってくれれば、それでいいでしょ?褒められたくてやったわけじゃないもん」




その姿がまるで、今の三雲君みたいだった。




『僕はヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを、後悔しないようにやるだけです』



弟と、重なった。
やっぱり三雲君は弟と同じだ。あの時感じた違和感は間違いなんかじゃなかった。
正義感がある、頑固だけど自分のことを信じてる勇気のあふれる男の子。


堂々とそう話す三雲君に、涙が出てきた。
あぁ、ちゃんと私は守れていたんだ。この子を、守ってあげられたんだ、と。



今度はきちんと、守ってあげられた、と。




「赤坂、大丈夫か?」

東さんが、口を手で覆った私に気づいて覗き込んだ。涙が出てる私を見て驚いたのか、背中に腕を回して私の顔を隠すように胸元に引き寄せられる。

「うわ、東さん大胆〜」
「茶化すんじゃない、こら」

出水君がテレビを見ていた体をこっちに戻して、笑った。東さんに抱きしめられてる私を見て、米屋君と緑川君まで笑う。

「あーあ、やっぱり泣き虫赤坂さんだなー」
「赤坂さん結構涙脆いもんね」
「うるさいよ、君たち」

茶化してくる三人を睨んでやれば、三人とも笑いながら肉をまた食べ始める。
東さんが優しく撫でてくれた頭から徐々に恥ずかしさが出てきて、ごめんなさいと謝って離れれば、東さんが優しく笑ってくれた。

「目は赤くなってないな」
「良かったです」

アイラインとか取れてないかな。携帯を出して画面越しに確認すれば、出水君が私のお皿に肉をポイポイと投げ込んできた。

「大丈夫大丈夫、赤坂さん可愛い可愛い」
「うっわほんと腹立つな」
「あはは、赤坂さん、肉食べないと消えるよ」

米屋君まで笑いながら私のお皿に投げ込んだ。
ほんと、照れ隠しというかなんというか、この子たちは。
だけど、そんな彼らに救われているのもまた事実で。私はありがたくそのお肉に箸を進めた。

あぁ、美味しい。


弟にも、食べさせてあげたいと、思った。



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