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あのあと、私は寝てしまっていたらしい。
太刀川がわざわざ私を抱えて、自分の隊室まで運んでくれたようだ。太刀川にたたかれた頬は換装体を解除した後もなぜか赤くて、ブチギレたのを覚えてる。
起き上がったあと慌てて司令室に向かえば、私が一人で突っ切ったことを沢村さんに泣きながら怒られた。
忍田さんの補佐の沢村さんは、よく私に話しかけに来てくれる優しいお姉さんだったから。
心配、してくれていたみたい。
あとは、司令室に城戸さんがいなくてよかったなと思った。
理性がなかったとは言え司令室で暴れるとか最悪だ。もしもいたらヤバいことになってたし。
根付さんと鬼怒田さんも、私には何も言ってこなかった。ただ、片付けろとは言われたから一人で黙々と片付けていたら、忍田さんがやってきて一緒になって片付けてくれたっけか。
「俺も一緒になってめちゃくちゃにしたからな」
「私のせいなのに」
「いいんだよ、真琴、そっちの椅子持ってきてくれるか」
「はーい」
自分の中で何かが外れた。普通に忍田さんと笑いながら話せている。
ずっと抱えていたものが、すっと消えた気がした。忍田さんを見ても、自分が嫌いにならなくなった。
多分、忍田さんは私を本当に助けてくれたんだと、今なら思える。
あれから1週間経ち、東さんに焼肉に誘われた。彼がいうには、いつだかのお礼、らしい。
あぁそんなこともあったなと思えるぐらいには、日常が戻ってきている、ということなのだけど。
米屋君から同時に連絡が来て、一緒に行こうなんて言われた。
ちょっとだけ恥ずかしい。あの時気が動転して米屋君にしがみついてしまったから。あーあ、謝ってないや、とか。そんなことを思いながら廊下を歩いていれば、後ろから近づいていたらしいカゲが私の頭をひったたいた。
「った!カゲ、何!」
「ウルセェ、お前こそ何やってんだ」
「そうだよ真琴ちゃん!」
カゲの隣にはちーちゃんもいた。二人とも顔が怖い、怒っている。
「何一人で勝手に動いてんだ」
「真琴ちゃんが正義感あふれる人なのは知ってるけど、一人で勝手に動かれたら心臓がもたないよ...!!」
私が一人で大規模侵攻で動いていたことを言ってるそうだ。
影浦隊は今謹慎中だから。確かに黙って動いたことは申し訳ない。ごめん、と一言謝ればカゲが珍しくため息をついた。
「…無理はすんなって言ってるよないつも」
「え?言ってるっけ」
「言ってるよ〜!カゲもちゃんと心配してるんだから」
首を傾げてわざとそういえば、カゲが私を睨んでくる。
わかってるんだ。この子たちは優しいから、いつだって私を庇おうとしてくれるし、心配してくれる。だからその優しさに甘んじて、私はいつも一人で全部押し込んでいた。
「ごめんね。もう、しない」
だけど今なら、大丈夫。
私は笑顔を浮かべて、そう言った。カゲとちーちゃんが少しだけ目を開いたあと、カゲはまた不機嫌そうな顔を浮かべてポケットに手を突っ込み、ちーちゃんは優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれた。優しいな、本当に。
そのあと、私は二人と別れて米屋君に言われた場所に向かった。ボーダーの玄関。出水君と緑川君はもう東さんと焼肉屋さんに向かってるとのこと。米屋君はにやりと笑って、私を待っていた。
「泣き虫赤坂さんこっち〜」
「酷すぎるんだけど」
「あはは、あの時の赤坂さん、めっちゃ可愛かったからさ〜」
三雲君が倒れてどうしようと動揺していた私を、落ち着いてと頭を叩きながら落ち着かせてくれた米屋君。わざとらしくそんなことを言って、私のことを見る彼に私はふぅと息をついた。
「いこっか」
「うん、手でも繋ぐ?」
「大人をからかうものじゃないんだよ、米屋君」
「3歳差じゃん?」
「黙っとけ」
ニヤニヤと。本当にこの子はお調子者だ。手を伸ばして私の手首を握る米屋君に呆れながら、私はそのまま手を引かれて焼肉屋さんへと入った。
中には東さんと、緑川君と、出水君が既にいた。こっちに気づいた出水君が手をひらひらと振ってこっちだよと呼んでいる。
「お疲れ様でーす赤坂さん」
「うんお疲れ出水君」
「あっれ、よねやん先輩赤坂さんの手繋いでる〜」
「手じゃなくて手首です」
「赤坂さん照れちゃって〜!」
「高校生怖いんだけどほんと」
米屋君は私から手を離して、出水君の隣に座った。東さんがお疲れ、と私に声をかけて立ち上がる。それを慌てて止めようとすればいいから真ん中に座れ、と。
申し訳ない。すぐに緑川君の隣に座って、もう少し詰めてと声をかけて私は真ん中に座った。
「ビールでいいか?」
「レモンサワーがいいです」
「了解」
東さんが店員さんを呼んで、飲み物を頼んでくれる。私なんて別に焼肉に誘われるほどのことしてないんだけどな。
まぁ奢ってもらえるならありがたく奢ってもらおう。
店員さんが持ってきてくれたレモンサワーを受け取れば、皆が飲み物を手に持った。
米屋君はすでにウーロン茶を持っていた。出水君がもう頼んでいたのかな。
「それじゃ、かんぱーい!」
なぜか緑川君の音頭に、全員でコップを合わせる。
ゴクゴクとレモンサワーを飲み込めば、東さんがそんな私を見て笑った。
「意外に行ける口か?」
「でもビールはまだ飲めないんです」
「まぁ、20になったばかりだもんな」
「太刀川は結構ビール飲みますよ」
「あいつは飲みそうだ」
肉を焼いている高校生たちを眺めながら、私は東さんとゆっくり話す。育ち盛りな三人だ。元気にもりもりと肉を食べているのを見て、思わず笑ってしまう。
「ちゃんと東さんにもあげないとダメでしょ」
「いいよ気にするな」
東さんの分と自分の分も焼きながら、私はじっと炭火を眺めてレモンサワーを飲んでいた。
「赤坂さん、米屋に抱きついたってまじ?」
その時、突然出水君がとんでもないことを言い出した。思わず吹出しそうになるのを咄嗟に抑えれば、目の前に座る出水君と米屋君が私をからかおうとその顔にニヤケを満面に浮かべていた。
「何その誤解?」
「いや〜参っちゃうよなー大人の赤坂さんに抱きつかれるとか」
「いいなーよねやん先輩」
「からかうのほんっとやめてくれない?」
肉を焼きながら睨んでそういえば、二人、どころか東さんでさえ笑った。緑川君は可愛いからいいとしてこの二人が厄介なのだ。
ため息をついて、東さんのお皿の上にやけたお肉を乗せていく。
「赤坂」
「はい?」
「なんか、憑物が取れた顔をしてるな」
「…そうです?」
東さんにはたくさん心配をかけてきた。
4年前にボーダーに入ったあの時から、東さんはいつも私を気にかけてくれていたんだ。その優しさに甘えて、私は彼に泣きつくことはしなかったけれど。
「ごめんなさい、東さん」
三人が何か爆笑しながら話している。仲の良い三人だ。そんな光景を眺めながら、私は東さんに小さく謝った。
「…気にするな」
東さんの手が、ポンと私の頭を叩く。何も言わなくても伝わるところが、彼が皆に慕われる所以だと思った。
だからその手に甘えて、目を細めて笑った。
「あ!赤坂さんってば浮気〜?」
「米屋のことをやめて東さんにチェンジってか!」
目敏い米屋君が笑いながらそう言う。うるさいなと睨んでやれば、東さんが笑いながらその手を離した。
「赤坂さん不潔!」
「いやほんとその流れ意味わかんない」
「はは、元気だなお前ら」
全くもって、その通りだ。呆れながらまたレモンサワーを飲もうと手を伸ばした。
「あ...」
その時。緑川君が箸を使ってテレビを差した。店内にあるテレビに写っているのはボーダーの記者会見。そこにいたのは、根付さんだった。
私は彼の箸を下ろして、行儀が悪いよと伝えてテレビをみた。
根付さんがマイクの前に立っている。
『結論から言って、不足であるとは全く考えていません』
マスコミが根付さんを責める。根付さんをというより、私たちボーダーを、か。
苦しいな。誰かのせいにしたいのはわかるからなんともいえないけれど。
私だって、そうだったのだから。
皆静かに、テレビの画面に釘付けになっていた。
『訓練性は基地の中でしかトリガーの使用を許されていません』
C級の子たちが数名行方不明になっている。C級にも緊急脱出をつけるべきだったのではないか。
先月上旬ある訓練生が近界民相手に戦った、その情報が漏れたのではないか。
そんな意見がマスコミから出てきた。
イライラする。その生徒のせいにしようとするマスコミに、それを否定しない根付さんにさえイライラした。
「あの人、カゲのことから何も学んじゃいない」
私が呟いたその言葉が聞こえたのか、東さんがちらりと私を見る。
その時だった。
「うわ、メガネ君」
「三雲先輩!?目覚めたんだ!」
テレビに、三雲君が出てきたのだ。
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