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もうそろそろ夏休みが終わりそうな頃。
ヴォルデモートが復活したというハリーの言葉のせいかおかげか、イギリスを含む欧州の魔法界は少し暗い雰囲気に包まれていた。

同じように、日本でもだ。急遽夏休みで日本にいる私は、タイリーを引き連れて魔法処へとやってきていた。魔法処の理事長と、お祖母様の話し合いのためだ。次期当主である私も、きちんと話を聞いておく必要があると言われたために、途中まで通っていた母校の門をくぐった。

目の前で繰り広げられている会話を黙って聞く。隣に座るタイリーも、しっかりと背筋を伸ばして前を向いていた。

「あの悲劇を二度と起こしてはいけない。これに関しては陸奥村家も同じ考えでよろしいですね?」
「えぇ、もちろんです。日本固有の聖なる守護魔法を、闇によって消されるなど、あってはいけない事ですから」

守護魔法は、名家によって、そして個人によってその性質は異なる。それでも名前が示す通り、方法は違えど対象を守る魔法だ。古来から伝わる守護魔法は愛からできていると欧州では言われているが、日本の守護魔法はそもそも由来となるものが違う。

神様の御許で魔力をもらった人間が魔法使いに。神様の多い日本ならではの言い伝えは、今でもずっと引き継がれている。だからこそ、欧州や他の国とは由来が違う魔法だからこそ、どう攻略をするべきか分からない闇の魔法使いは、日本の守護魔法をなくそうと考えた。


それが、純血の家系に伝わっている14年前の大規模侵攻の真相だ。


「....では、今後、日本の魔法界には外国の魔法界の住人は入れない方向でよろしいですか?」
「えぇ。日本の魔法使いも、しばらくは国を出ることを禁じます。今こそ、あの悲劇をまた起こさないためにも純血が団結するときでしょう」

まるで鎖国だ。数百年前の日本みたいに、外からのつながりを断つことから危険を回避しようとしている。
思わず目を見開いた。この場で私が発言をすることは禁じられているから言わないけど、心臓がバクバクと鼓動を打っていた。

「...では、そのように」

理事長が頭を下げた。慌てて私達も頭を下げて立ち上がり、廊下に出たお祖母様を追いかける。緊張で唇が乾く。震えが止まらない私を見かけてか、タイリーが上着を肩に掛けた。

「あの...お祖母様...?」
「ヒヨリ、家に戻ったら正装に着替えなさい」
「え...?」
「タイリー、貴方もです。次期当主付きの使用人として恥のない格好を」

有無を言わせずにお祖母様は前を向いたまま話す。学校の外では具現化したお祖母様の式神が数名(数枚?)待っていた。黙って頭を下げている式神達がそのまま紙に戻り、私達の周りを飛んでいる。

「お祖母様、一体...」

口を開いたその瞬間に、周りは式神がしっかりと舞いながら私達を空間に飛ばした。目を開けたその時には、すでに陸奥村家の正面玄関の前だった。









「さぁ、早く」
「お祖母様!!わかりません、一体何が...!!」
「先程の話を聞いていたでしょう?」

廊下を急いで歩いていくお祖母様の前に回り込み、行く手を阻む。お祖母様は一度足を止めると、私の顔をじっと見つめて重々しく口を開いた。

「欧州はどうかは知りませんが、日本では闇の帝王の復活を信じています。そんなご時世に貴方達をイギリスに戻すなど、そんなことをするとお思いですか?」
「そんな...つまり私は...」
「えぇ...少し早いですが...いずれにしても決まっていたことです。早急に式の準備を」

こんな事があっていいのだろうか。思わず目の前が真っ白になる。足も震えてしっかりと立てていない私を見兼ねてか、タイリーが慌てて手を伸ばして私の背中を支えた。

「そんな...あと1年で、ホグワーツを卒業できるのに...!!卒業するまで結婚は先伸ばしにすると約束をしたではないですか...!!」
「日本の守護魔法は闇に狙われやすい。それをご存知ですね?...さぁ、着替えて、貴方の婚約者に会わせましょう」

使用人に腕を掴まれる。部屋の中に閉じ込められるように入れられて、扉が閉められた。じっと私の顔を見つめているタイリーの顔が、真っ青であるのは思い過ごしではないだろう。

着せ替え人形のように着物を剥がされ、正装である着物を着せられる。何も食べていないのに胃の中にあるものが全てでてきそうな感覚だ。気持ち悪い。吐き気がする。どうしよう。どうしたらいいのだろう。

「ヒヨリ様...準備ができました...」

いつものようにはっきりとした声じゃない、震えたタイリーの声が扉の向こうから聞こえる。その言葉に頷いて、扉を開いた。顔を見上げれば、真っ青なまま呆然とそこに立ちながら、私を見下ろすタイリーがいた。廊下の縁側から見える外はもう真っ暗だ。月がぽつりと夜空に浮かんでいる。

このまま結婚をするわけではないだろうけれど、顔見せなんてすればもう話は確定のようなものじゃないか。
嫌だ。こんな中途半端な所で学校を辞めるなんて。折角タイリーと想いを通じ合える事ができたのに。

ゆっくりと廊下を歩く。裾を引きずりながら、向かいたくない足を無理やり動かして歩いた。斜め後ろにはタイリーが私の後ろを守るように歩いていて。

「ヒヨリ様」

小さい声で、タイリーが私の耳元で囁いた。周りには他の使用人はいない。少しだけ目を見開いて、立ち止まることはせずに彼の言葉を聞く。

「...皆が寝静まる頃、お迎えに」

その言葉を頭に刻み付けて、首を小さく縦に振る。目の前にある扉を開く前に立ち止まり、深呼吸をした。震える手を力強く握りしめて止める。開かれた扉には、知らない男性とお祖母様がいた。











「14年前の大規模侵攻を忘れてはいけない。今こそ、純血の者達で固まり日本の守護魔法を守るべきです。我々も、是非陸奥村家のお力添えになれればと...」

深々と頭を下げるその男性の名前は知らない。婚約者であるという事は知っているが、名前なんてこの際どうでもいい。

「では、1週間後に。ヒヨリ、身辺の整理をしておきなさい。ホグワーツにも、私からこの旨の書類を送っておきます」

話は終わりだ。婚約者であるその人を玄関で見送り、自室に向かうべく廊下を歩いた。自室の前にたどり着いた時、お祖母様が一瞬口を開いて、何かを言おうとした。それに対して首を傾げて待っていれば、お祖母様は何も言わずに踵を返す。彼女を部屋まで見送るために、タイリーも部屋の前から離れていく。二人の後ろ姿を見送って、私は部屋の真ん中で膝をついた。


こんな事が起こるだなんて。


それでも嘆いている場合ではない。震える足を叱咤して、教科書や制服、羽ペンなどをトランクに詰め込んだ。大丈夫。きっと大丈夫。グリフィンドールのローブを着物の上に着て、杖を懐に仕舞う。

右手首に光るブレスレットが、私を見つめていた。




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