14
二年生もあっという間に過ぎていった。ついに期末試験間際になって、いつもは騒がしいグリフィンドールの談話室も、試験勉強を控えた生徒でたくさん溢れかえっている。まだ領域戦争を勝ち取れない一年生たちは床に座ったり、諦めて部屋に戻る子もいたりする中、私たちは二年生ではあるけれどソファの隅っこを勝ち取り、机の上に羊皮紙を広げて羽ペンを進めていた。
「タイリー」
「これですか、お嬢様」
「うん、ありがとう」
ソファに座っているのは私たち女子、机を挟んで暖炉側の床に座るのが男子たちで別れて勉強をする。私はちらりと聞こえた日本語に羊皮紙を睨んでいた目を上げた。私の左隣に座っているヒヨリは羊皮紙を睨んだまま、筆記体が苦手なのかとても綺麗にかかれたブロック体で問題を解いていて、その不器用に上げられた左手には前に座っているタイリーから受け取ったのであろう教科書があった。(魔法薬学を用いて使われる人体への応用と書かれていた)
「...あーもう無理、疲れた」
右隣に座っているアンジーが羽ペンを転がして、腕を上に上げる。その言葉を皮切りに皆思い思いに羊皮紙を丸めたり教科書に顔を埋めたりする。私も羽ペンを持ちながら、ふぅと一息ついてみた。隣にいるヒヨリが疲れたね、と笑いん長ら話しかけてきた。私はそれに同意の意味で笑顔を返し、寝転がり始めた双子たちをたしなめる。さすがに汚い。
「ここはレイブンクローかよ、なぁ相棒?」
「あぁ、ここはグリフィンドールのはずだ、違うか?」
「違いない」
「期末試験だもの、当たり前でしょ」
ここがレイブンクローだろうとなかろうと、こんな時期だ。どこの談話室もだいたい皆こんなもんだろう。未だにカリカリと進めているタイリーを見ながら呆れながらため息をつくリーがタイリーのその羽根ペンを無理やりとった。
「おい、リー」
「一旦休憩だ、相棒」
「お前らが勉強を始めてまだ1時間も経ってないはずだが?」
「細かいことは言うなよな?量より質だろ?」
「そう言えるほどの量をやってから言え」
いつもの漫才のようなこの四人の会話を聞きながら、呆れたように笑うアンジーが、そういえばと言いながらくるりと身体を横にした。
「ヒヨリもタイリーも、去年に引き続き学年トップ1と2がかかってるものね。熱意は人より多いでしょう?」
「え?」
私の隣に座るヒヨリは、去年の期末試験で学年2位をとった。タイリーに至っては学年トップだ。この二人の勉強量を見たら、私たちが疲れただの何だの言ってるのもおこがましくなってしまうほどだ。突然話を振られたヒヨリは少し驚きながら、その膝の上に広げていた呪文学の術式が並んでいる教科書をずるりと落とした。
「落としたわよ」
「ありがとう、アリシア...で、なんだっけ、アンジー?」
拾って渡してあげれば、ヒヨリは勉強の集中力が切れたのか、その教科書を机の上に積み重ねて、何度か方を回しながらそう聞いた。
「成績、去年に引き続きトップ目指すんでしょ?」
アンジーがソファーの背もたれに肘をつきながら、その細い人差し指をヒヨリの教科書にさしながらそう聞いた。
「まぁ...うん」
タイリーも?と聞けば、タイリーは当たり前のように首を縦に振った。
どうしたらそこまで勉強にやる気が出るのか疑問である。私は落第しなければいいかな、とか。あとはおいおい就職する時に不便にならなければいいかな、とか。結構適当だったりするから。
「やっぱり夢とかあるの?」
「夢?」
「だって夢がなかったらこんなに勉強できないじゃない?」
「はいはい!!俺たちの夢は!!」
「その名もずばり!!」
「「悪戯専門グッズ店を経営すること!!」」
聞いてもいないのにフレッドとジョージが元気良く手を挙げて応える。元気ね...とため息をつきながらそう言ったアンジーに苦笑をこぼし、私は夢...と頭の中で思いを巡らせてみた。
「俺はクィディッチ関連かな〜クィディッチに関われる仕事ならなんでもしてーな」
「私は...普通に過ごせたらいいわ。でも魔女洋装店通信販売とかも憧れよね」
「わかるわ...私は...普通に結婚して、子供作れればそれでいいかな」
「なんだ、アリシア。将来の夢はお嫁さんですってか?」
「アリシアは随分可愛い夢をお持ちですわね?」
「怒るわよ、フレッド、ジョージ」
そうからかってくるフレッドたちを睨めば、二人はわざとらしく怖がるフリをしていた。後でアンジーに怒られればいい。それはそうとして、皆が思い思いに夢を語ってる中、ヒヨリとタイリーはただ私たちの話を聞いているだけだということに気づいた。私はヒヨリに、あなたの夢は?と聞く。
「...夢?...夢かぁ〜...」
どこを見てるでもなく机の上をじっと見つめ、そのあとに向かいに座っているタイリーを見つめ始めたヒヨリ。
「何かあるんじゃないの?」
私がそう聞けば、ヒヨリは困ったような笑みを浮かべながら私の顔を見上げる。
「やりたいことはもちろんあるんだけど...私の場合、家を継ぐって道しかないからさ」
そう言ったヒヨリの言葉に、私だけじゃない、全員が息を呑んだ。
変なことを聞いてしまっただろうか。そう思ったのはアンジーもなのだろう、腕を伸ばして、私の膝を超えてヒヨリの右手を握りながらヒヨリの名前を一つつぶやいた。
「ううん、気にしないでアンジー。ただ、私もタイリーもね、家のしがらみに従ったまま生きていけるほどいい子ちゃんじゃないんだよ」
アンジーの手をやんわりと外して、にこりと笑みを浮かべるヒヨリ。その言葉に、タイリーもいつもは鋭い視線を飛ばしているその目を和らげて、目尻を下げて笑っていた。
「少しでも、陸奥村という色眼鏡なしで、家の人間に見て欲しいから、勉強を頑張ってるの」
そう言ったヒヨリの言葉が、あまりにも重くて。いつもふわふわとしてるヒヨリじゃないようで、それでいて、きっとこれがヒヨリ・陸奥村という人間なんだろうと思って。私はヒヨリを見る目をタイリーに移した。
「...俺もお嬢様と同じで、ヒヨリ様の使用人としてではなくて、タイリアナ・シェバンとしてみて欲しいんだ。だから、今一番見ている夢...というよりも目標は、O.W.Lで全科目を合格することだ」
「私も、同じ」
お互いに目を合わせながら笑う二人に、私たちが思ったことはなんだろう。全科目を合格するだなんて正気か?(きっと双子たちはそう思ったにちがいない)それも少しはあるけれど、きっと私とアンジーは一緒のことを思ったはずだ。
この二人には、私たちのように笑顔で考えたり悩んだり思い浮かべたりする夢の数々を、見ることはできないんだということ。まだ12歳で。やっと魔法界に足を踏み入れたような、そんな未熟な私達とは違う。純血名家として人生の半分以上を過ごしてきて、そしてそのヒヨリを私達の誰よりも近く長く支えていたタイリーとヒヨリは、誰よりも深く重く、夢というものを考えているんだということ。
私とアンジーは、ヒヨリの手をぎゅっと強く握った。どうしたのと慌てるヒヨリなんて無視して、私とアンジーは、ただずっと、強く強くその手を握り続けた。どうか、二人が望むような道に進めますようにと。この二人の荷物を、少しでも私たちが背負えますように、と。
そう思えたら、勉強をするやる気が出てきて。私はヒヨリから手を離し羽ペンを握り締める。
「さ、続きやりましょ」
「そうね」
「え、急にスイッチ入ったね?」
「ヒヨリ、ここ教えてくれない?」
「あ、私もここ聞きたかったのよ」
私達は三人一緒でいるんだから。笑う時も、泣く時も、苦しい時も、一緒なのよ。
少なくとも、私とアンジーはそう思ってる。いつかヒヨリがそれに気づいてくれると信じて。
「なんかお嬢さん方やる気出し始めたぞ?」
「俺たちもやるか?相棒」
「じゃあタイリーこれ教えてくれないか?」
「おいリー、抜け駆けは無しだぞ!!」
「早い者勝ちだろ」
「教えてやるから俺の教科書をぐちゃぐちゃにするなお前ら」
いつか、タイリーもそれに気づいてくれると信じて、私たちはこれからも一緒にいるのだろう。
だから、試験勉強だって頑張れるのだ。
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