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もしも僕が人狼じゃなかったら人生はどうだったのだろう。

何度も何度も考えたその疑問は、結局答えが見つからないまま何年もお蔵入りだ。だってわからないから。人生は一度きりだというけれど、その一度きりの人生は、今のところ最悪だ。

そんな最悪な人生にうっすらとした光が差し込まれたのはこの学校に通い始めてから。初めてできた友達のおかげで、今は楽しく人生を過ごているんじゃないだろうかと思っている。

「...で、これがね...って聞いてる?リーマス」
「あぁ、聞いてるよ。月に帰っちゃうお姫様?」
「そうそう」

禁じられた森に続く道の、入り口付近にある芝生に寝転ぶ。誰もいない場所でアオバとお互いの話をするのは楽しかった。アオバの住んでいた国には昔話がたくさんあるそうだ。彼女が話すその大半は、本当にマグルが考えたのだろうかと思う程にとても魔法に溢れていた。

「妖怪も いるんだよ」
「妖怪?」
「魔法生物みたいなもの。河童とか」
「カッパ?」
「そう河童」

たまに何について話してるんだろう?と思って不思議になるときもあるけど。それでも母国について楽しそうに話すアオバを見るのは結構楽しかった。

勉強の合間に休憩と称してこういう雑談をするのだけど、僕は案外こっちの時間目当てでアオバと一緒にいると言っても過言ではないと思ってる。もしかしたらアオバも一緒だと思うんだけどね。

「でね...っ」
「...アオバ?」

話を続けようと、僕の隣で笑顔を浮かべていたアオバが急に頭を抑えて腕の中に顔を埋めた。どうしたのかと、僕は慌てて手を地面につき上半身を起こす。彼女の背中に手を置いてさすり「大丈夫かい?」と声をかければ、こくこくと首を縦に振るアオバ。

「具合悪い?医務室に行こうか?」
「大丈夫大丈夫...」

アオバはそういうと、上半身を起こして坐り直す。なんだか少し顔が青ざめてる。本当に大丈夫なのか不安でもう一度聞けば、アオバにこりと笑いながら(それでも少し具合が悪そうだ)僕を見た。

「ちょっと貧ケツ気味なの」

そう言ったアオバの言葉になるほど、と思った。僕みたいに定期的ではなくて不定期に医務室に通う彼女は、今みたいに急にやってくる 貧血に悩んでいるのだろう。少しだ大人しくしてれば治ると、そう言ったアオバに、首を縦に振ってわかったと言う。

少しでも彼女の痛みが和らげばいいと思って、そっと手を伸ばして頬に触れた。少しだけひんやりとしたその頬を何度か撫でて、温めてあげようとすれば、アオバは何が面白いのかクスクスと声に出して笑って。
からかうような笑みを浮かべる事が出来たなら、彼女の調子も戻ってきたのだろう。僕は少し呆れながら笑って、彼女顔を覗き込んだ。

「もう大丈夫そうかい?」
「うん、ありがとう、リーマス」
「どういたしまして」

にこりと、擬音語が出てきそうなほどのにんまりとした笑みを見せた彼女に同じように笑いかければ、アオバが少し目を見開いて手をのばした。
その細い手は、僕の額を触れるか触れないかの位置でつつーっとなぞる。

「新しい怪我...何をしたらこんな引っかき傷が出来るの?やんちゃだね、リーマス」
「あー...ちょっとね」

この前の満月の時にできた傷だ。慌てて彼女の手から離れるために身を引いて、自分の手も引っ込める。隠れるわけないのに、自分の前髪を何度かさすって、その傷から視線をそらせようとすれば、僕もあるものを見つけた。
アオバの首元からみえる、白いガーゼだ(彼女はいつも第一ボタンを開けているから) 。かすかに見えるそのガーゼは、まだどうやら傷が塞がっていないようで、うっすらと赤いシミがついていた。

「アオバ、首の怪我どうしたんだい?まだ血が出てるようだけど」

そう言って、自分の首元を指差してきけば、はっとした顔をしたアオバが慌てて首を手で押さえる。僕に見えないように、第一ボタンごと首を絞めるようにきつく力を込めてる彼女の手には、うっすらと青い筋ができていた。

「...なんでもないよ。ほら、勉強の続きしよう」

そして僕には有無を言わせずに、彼女は床に放り投げていた教科書を取り出して、パラパラと開いた。とりあえず、彼女の言う通りにしておこうと僕も黙って教科書を見る。
それでも、やっぱりちらちらと現れる、彼女の首元のガーゼは僕の頭からきえることはなかった。

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