気づけば月日が経つのは早いものだ。一年生の頃に比べたら、時間が経つのが早く感じて。皆よりも年上だからだろうかと思いつつも、レギュでさえ「あっという間だった」と言うものだから、安心した。
彼と、キスをしたのはもう随分と昔の事のように感じる。好きだと言って、好きだと言われて。君を幸せにするからなんて、スリザリンの王子様にそんな事を言われてしまった。
贅沢者なのだ、私は。ミネルバにもダンブルドア先生にも、レギュにも囲まれて、同室の子達は皆して良い子達で、先輩であるリリーにも、それはもう可愛がられて。
たしかに、これ以上求めてはいけない事だなと思ってしまう。ダンブルドア先生に言われた通り、スリザリンの彼とは距離を置いて。
自分の気持ちに嘘はつかないけれど、それでもお互いに感じ取ったものは大切にしたかったから。私は懸命に一歩ずつ、彼から距離をとっていた。
これ以上、悲しませたくなかったのだ。
日本から逃げる事を許してくれた彼を、失望させたくなかった。こんな罪を抱えた私を娘にしてくれたミネルバを、悩ませたく無かった。
私は皆より、レギュより。二年多く人生を生きているから。好きという気持ちを我慢することぐらい簡単で、無かったことにする事だって容易かったから。
「リン、少しいいかい」
だから、急に現れたその存在に、驚いたりなんてしない。
期末試験も終わって、同室の子達と打ち上げについて話していた時だった。レギュは周りの目さえ気にせずに、私だけを見つめてそこに立っていた。
「…レギュ…うん、いいよ」
「リン、私達、先行ってるわね」
昔はよく一緒にいたからだろうか。彼女達は一瞬固まったものの、快く私の背中を押した。
レギュの手が伸びる。私の手を握って、歩き出した彼についていった。
久しぶりだね、元気だった?ずっと会いたかったんだよ、廊下で君を待ち続けた。
レギュは、小さい声で続ける。
「嫌われたのかと、思ったんだ」
「…ううん」
「ハッフルパフは、中立だから仕方ないよね」
「…ごめん」
「あぁ…棘があったな、今のは…」
レギュの手に力が入る。私の手を握って、彼の足が止まった。誰もいない廊下、向こうに見えるのは中庭で。テストが終わったのだろう人達でそこは溢れかえっていた。
「違うんだ…リンと、話したかった」
触れたかった、もう一度目を見たかった。名前を呼んで欲しくて、声が聞きたくて。
キスが、したかった。
レギュが私を振り返った。距離を取る様になって半年ほど。彼は気づかない間に随分と背が高くなって、凛々しい顔つきに変わっていた。お兄さんそっくりだねと言ったら、怒られるだろうか。
それでも、ホグワーツ中の女子を虜にしてるあのハンサムな男の人の弟なのだ、彼も美麗なのだと改めて思った。
「…どうしたらいいのか、わかんなかったんだ」
「…うん」
レギュが、闇の帝王に傾倒している姿を、どうしたらいいのかわからなかった。止めたかった。でも、私が止めるのはおかしいと思った。側にいたかった。でも、なにもできない私が側にいるのも、変だと思った。
好きだと思った。それと同時に、好きになってはいけないと思ったのだ。
「…最近、スリザリンの人達が、怖い」
「……そうだね」
「私は、弱いから…」
そう、リリーみたいに、周りの目を気にせずにスリザリンの彼と話をする勇気なんてなかったのだ。
レギュの手が、私の手を引っ張った。傾く身体を、彼の腕が受け止める。
あぁ、久しぶりに感じた匂い。レギュの、匂いだ。
「俺が会いに行くよ」
俺がリンを好きなんだ。それなら君が気にすることはないだろ。
レギュの言葉が、優しかった。レギュの言葉は、残酷だった。どうやったって、私はこの人への想いを断ち切れないのに、レギュも同じように断ち切ってくれないなんて。
背中に回る腕が、私を抱きしめる。廊下でこんなのだめだよと言っても、レギュは意外に頑固だから、そんなものは気にしないでと言ってくる。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。ミネルバやダンブルドア先生の言葉が思い出される。顔が、心配してる表情が思い出される。
それでも離せられない体温が、こんなに近くにあるのだ。罪を抱えるとか罪を償うとか、全部全部彼が受け止めてくれるような、そんな気がした。
「穢れた血の助けなど必要ない!!!!!」
唐突に、静けさを消した声が聞こえた。
レギュの胸から顔を上げれば、彼も目を見開いて。その声に、聞き覚えがあったからこそ余計に。
お互いに距離をとって離れてから、中庭の方を覗き込んだ。遠くてそんなにはっきりと見えはしない。木に何かがぶら下がっている、そんな小さい姿は分かったけれど、元々視力が悪いからかそれが人間なのか何なのかまではわからなかった。
隣に立つレギュを見上げた。彼は目を凝らしてそこを見つめて、小さい声で「スネイプ先輩…」と、つぶやいていた。
「スネイプさん…?」
「近くにいるのは……あぁ、兄さん達だ」
シーカーは目がいいのかな。
少しの羨ましさを持ちながら、もう一度遠くを見れば。確かにその揺れている黒の塊の下に、見覚えのある真っ赤なネクタイが見えた。
近くにいるのは、リリーだ。スネイプさんを降ろそうと、手を伸ばしていたそれがゆっくりとおろされて、彼女は歩いて行ってしまった。
穢れた血。スネイプさんの叫び声。あの人たちの、イライラするような笑い声。廊下にいても聞こえてくるそれが気持ち悪くて。
「レギュ……行こ…?」
彼の服を掴みながら、そういった。私の背中に手を回したレギュが、廊下を歩き出す。誰もいない廊下に響くのは私達の足音だけで。距離をとっていたはずのスリザリンの男とハッフルパフの女が、また仲良くやってることなんて、誰一人として気にも留めていなかった。
そう、思っていた。