「歌に人種なんて関係ない」

コーラス部の中でも試験というのはあって。その日は朝から緊張をしていた。授業後に行われる先輩たちによる試験に受かれば、次のハロウィンの時に人前に出て歌うことができるのだ。

「大丈夫、モナカなら大丈夫さ」
「私たちはまだ聞いたことないけど、ジョージがこんなに言うってことはきっと大丈夫よ」
「あなたの歌を聴くのを楽しみにしてるわ」
「頑張れよ、モナカ」
「緊張しすぎるなよ?」

教科書をアンジーたちに渡して、緊張で青くなってる私の両手を握るアンジーとアリシアに、彼女たちの隣で私の肩を叩いたり背中を叩いてくれるジョージとフレッド、リー(リーとは2年になった時に話すようになった)。
私は皆の顔を見つめて、そして何度か深呼吸をして頷く。きっと、受かってみせると。そう言って、私は広間を出てある教室に向かって歩き出した。後ろから「手と足が一緒に出てる...」というアンジーの呆れた声が聞こえた気がした。



試験は単純なものだ。一人一人先輩たちの前で歌う。それだけ
2年生や3年生などの下級生は皆緊張してる面持ちだ。聞こえてくる皆の声は、どんどん私を緊張の渦に貶めていった。

「次、モナカ・笹田...東洋人?」
「あ、はい...」

名前を呼ばれて立ち上がる。
名前の書いている羊皮紙から顔をあげて、彼女たちの前に立った私を見ると、先輩たちはハッとあざ笑った。

「東洋人の英語なんて聞いてもね」
「何言ってるかわかったものじゃないわ」

話は終わりだ、と。歌わせてももらえずに、私は横に移された。

反論もできなかった。彼女たちのネクタイを見れば、緑色のネクタイ。スリザリンの寮の人だった。私は呆然としながら、教室の壁に寄り掛かり、自分の足元を見つめる。

人種差別は、どこにだってある。だけど歌には、ないと思っていた。
私の小さな世界を広げてくれた歌には差別なんてなくて、歌が好きな人同士で繋がれるものだと思っていた。

だってそうじゃないか。ジョージと仲良くなったのは、歌があったからだ。

そんな、東洋人だからという理由でのけ者にされるなんて、思ってもいなかったのだ。




試験が終わって、各々教室を出て行く。もともとコーラス部は人数の少ないクラブだから、試験自体もそんなに時間はかからなくて。誰もいなくなった教室に一人、残った。

今までが不思議だったのだ。優しい人に恵まれてきたから、自分がこの国ではよそ者だということを忘れていた。

椅子に座って天井を見上げる。ジョージやアンジーたちになんて言おうか。あんなに応援してくれていたのに。
下唇を噛み締める。悔しくて、仕方がなかった。


「泣いてる暇なんてある?」


不意に聞こえた声に、私は顔を上げてゆっくりと振り向いた。そこにいたのはいつかのハロウィンでの合唱で、素敵な歌声を響かせていた先輩と、その先輩とよく一緒にいる二人の先輩だった。

「私の名前はジェシー・クリルロン」

綺麗なブロンドの髪をなびかせて、コツコツと音を鳴らして私の前に近寄るジェシーさん。高飛車な勝気な顔をした彼女は、どこか気品のあるとても美しい人だった。

「歌に人種なんて関係ない。もちろん、血もね」

腕を組みながら、椅子に座っている私を見下ろしてそういうジェシーさんは、私の前にある机に手をドンっと音を立ててついて、私の顔に顔を近づける。

「悔しくないわけ?」

おもわず仰け反る形でその端正な顔を少し避ければ、後ろにいた二人の先輩も私に近寄ってきた。

「こんにちは、私はアンナ・ハウルよ」
「レイナウッド・アンシーダよ、レイニーって呼んでね」

ウィンクとともに投げキッスを飛ばしてきたレイニーさんに、握手をするためか手を差しのばしてきたアンナさん。私はその手に恐る恐る自分の手を伸ばすと、ジェシーさんが思い切り私の手を握った。

「ひっ...!!」

あまりにも急だったのでおもわず悲鳴をこぼすと、眉をひそめてこっちをジロリと睨むジェシーさんにさらに怖くなる。

「聞いてる。悔しくないのか、って」

彼女は語気を強めてそう言った。
よくよく見れば、ジェシーさんのネクタイは緑色、スリザリンだ。どうして、スリザリンの人がそんなことを言うのだろうと不思議に思えば、ジェシーさんは私の疑問に感づいたのか、ゆっくり息を吸って、吐いた。

「...あいつらのやり方には前から吐き気がしてたのよ」
「純血主義なんて、闇の帝王の消えた今古臭い考えだしね〜」

ジェシーさんの隣で、レイニーさんが髪を指に巻きつけながらそう言った。レイニーさんのネクタイは黄色だ、ハッフルパフの先輩らしい。

「聞かせてくれる。貴方の歌声。あの中で唯一、貴方の歌声だけ聞けなかったから」

ジェシーさんはそう言うと、私から少し離れた場所まで行くとまた腕を組んで、見下すように私を見ていた。
まるで睨んでもいるようなその表情に、レイニーさんとアンナさんは呆れたように笑うと、同じように腕を組んで、ジェシーさんの隣に立つ。
私はその三人を交互に見つめて、恐る恐る立ち上がった。

「あ、あの...」

口を開けば、ジェシーさんが左手の手のひらを上にして、どうぞ、と促すように私に見せた。

歌わないといけないのだろうか。
もし歌って。東洋人の歌声なんかと。さっきの人たちのように呆れられたら。

もしも、馬鹿にされたら。お母さんが、お父さんが、ジョージが、好きだと言ってくれた私の歌声が、馬鹿にされたら。

何度も口を開いては閉じての繰り返しをしている私にイラついたのか、ジェシーさんは大きくため息をつくと、入り口に向かって歩き出した。

「歌うことを放棄するなら、もう貴方に用はないわ。行くわよ、アンナ、レイニー」

私の横を横切るジェシーさん。そんな彼女を追うように、アンナさんとレイニーさんは私の顔を見つめて、少し悲しそうな笑みを浮かべて、同じように横切った。

ここで、歌わなくてどうするんだ。

自分の世界を広げた歌を、放棄してどうするんだ。

そんなの、私じゃない。



私は、彼女たちの方を振り返る。扉に近づく三人に、届くようにと。

口を開いた。




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