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シェーンさんが嫌いだ。ついでに言うと、アンドレアさんも苦手になってる。だけど自分の中で嫌な人だと思ってる人達の中に好きな人を放っておくわけにもいかないから、キャロルさんについていった。

物資の調達に向かうべきか、デールさん達と環境の整備に勤しむべきか、はたまたダリルさんと一緒に探しに行こうか迷ったけど。グレンさんは農場の娘であるマギーさんと馬に乗って調達しに行ったし、デールさんはデールさんでこっちは大丈夫だって言うしTドッグさんまでもが、アオは休んでろっていう。

いやいや、おかしいでしょ私怪我してないし。何がどうなって私は休んでおけっていう言葉に繋がるのか全くわからない。
だからとりあえずキャロルさんについて行った。守りますよ〜って。そうすれば、キャロルさんはソフィアちゃんと仲良くしていた私の事も、娘のように接してくれる。ありがとうって。頭を撫でて、後頭部にキスをしてくれた。

せめて、せめて。母親としての、威厳を保ちたいと思ってるキャロルさんの事を守りたいから。私はそのキスに甘んじて、彼女のことを抱きしめているのだ。






「ダリルさん…」

ソフィアちゃんが戻ってくるかは分からなかった。車を放置してる場所に戻っても、ソフィアちゃんのためにと置いた食べ物達は消えていないし、くずれてもいない。イコール、あの子はまだここに戻ってきていない。

車の中に入って、ソフィアちゃんのためにと車内を綺麗にしているキャロルさんを車の外から見守っていた時。ダリルさんが森の奥からやってきた。手に持ってるのは白い花。

私に一瞥をよこしたあと、ダリルさんは中に入ってキャロルさんと何かを話した後にまた外に戻ってきた。

キャロルさんは泣いている。瓶に入った一輪のその花が、殺風景な車の中を彩っていて。ダリルさんはやっぱり優しい人だなと思った。

シェーンさんとアンドレアさんは銃の練習に向かった。シェーンさんに、お前もやるかと言われたけど行かないと首を横に振って、この車を見張って立っていた私に、ダリルさんが近づく。

「さっきの花は?」
「ナニワイバラだ」

cherokee rose.

一言そう言ったダリルさんは、私と同じように車のボンネットに座って、あたりを見渡した。一緒に見張ってくれるのか。

「お花が好きなんですか?」
「そう言うわけじゃない」

じゃあ、あのお花は一体なんのために。
そんなことを聞けるわけでもないし、英語も出てこないからとりあえず首を縦に振って、そっか、と、日本語で呟いた。

「ソフィアちゃん、どこに居ますかね」
「…きっとすぐ側にいるんだろ」
「うん、だと思います。灯台下暗しってやつかも」
「あ?」
「あーーーー……」

灯台下暗しって英語でなんていうんだろう。リュックの中に仕舞い込んでいた電子辞書はまだ電源がつくだろうか。と言うかもうこれ捨てようかな、何気に重いんだよ。

変なものを取り出しかのように私を見てるダリルさんに、灯台下暗し、と打って音声を流す。ダリルさんは、何を言ってるのかを理解したように首を振って、確かにと一言呟いた。

exactly.
ここにきて、何回も何回も聞いてきた単語だった。







次の日、何故かグレンさんが私の近くにやってきた。何かを話したい、でも話せないどうしよう、みたいな顔をしてる。変なの、と思って首を傾げて、グレンさんの名前を呼べばグレンさんが口を開いては閉じて、を何度か繰り返した後にやけに早口で「相談したいことがある」と言ってきた。

あれからソフィアちゃん探しに私が参加できることはなかったし、リックさんにもダリルさんにもここに居ろと言われてしまっては、私の出る幕は雑用ぐらいだったから、快くその相談を聞いてあげた。手には服、洗い物がたっぷりある。グレンさんも話しながら手伝ってくれるみたいだ。

「…君は、あまり変わらないよね?」
「変わる?」
「うん、ずっと同じだ。アンドレアとか、ローリとかみたいに変にならない」

少し参ってるような顔をして、グレンさんは車の上に立っているアンドレアさんを指差した。小さい声で話してるから余計になんて言ってるかわかんない。グレンさんの横にもう少し近づいて、耳を寄せれば、グレンさんは周りを確認した後にその口を耳へと持ってくる。

「マギーと、話す…?」

マギー。

農場のオーナーのハーシェルさんの娘さん。マギーさんとは何回か話したことがある。もう一人女の子がいたけど、彼女は家に篭りっきりで全く話せてない分、マギーさんとはよく話してるから、その言葉にこくりと首を縦に振った。

一番話が通じやすいのはマギーさんだし、英語が苦手な私にも分かりやすいように大きい声でゆっくりと話してくれる彼女には、実はとても助かっているから。

「マギーが、わからないんだ」
「分からないって?」
「冷たいと思ったら急に迫ってきたり、でもまた冷たくなったり…どうしたらいい?分からない…」

なんだそれ。具体的に迫るってどう言うことだろう。告白?好きよってアピール?それともヤッた?

「セックスした?」
「っ…!?」

あれ、言葉間違った?sexじゃなくて、fuckか?もう一度聞き返そう。

「fuck with her?」
「yes」

結構食い気味で答えたな。
洗っていた洗濯物を絞って、カゴの中へと入れる。グレンさんも同じように絞ったそれをカゴの中へと入れた後、また新しく洗う服を取り出した。長い私のシャツの中に紛れていたのは、私の下着で。隣から腕を伸ばして掴み取り、これは私のと一言言えば、グレンさんは顔を赤くして俯いてしまった。

「…….童貞?」
「もう捨てたさ!分かんないんだよ…悪くなかったって言ってきた、つまり良いって事だろ?じゃあなんで冷たくされるのか…」

逆に聞きたいんだけどなんでそれを私に聞く?グレンさんは未だに私の方を向きもせずに、洗濯物をただがむしゃらに洗っていた。

「君、ほら、その…ダリルと、その…仲良くしてるだろ」
「ダリルさんと?」
「そう、その…経験豊富に見えると言うか」

あぁ、言いたいことがなんとなく分かった。

「どう思う…?」

グレンさんは未だに、小さい声のまま震えそうな肩を硬らせてそう聞いてきた。
どう思うって言われても日本でならそりゃ言えるけど、英語で話せって言われても分からん。絞った服をぱんぱんと音を立てて皺を伸ばす。自分の下着も同じように皺を伸ばしてカゴの中にしまい込めば、グレンさんは助けてくれと言わんばかりに私の顔を見上げていた。

「いい感じだと思う」
「具体的に」
「マギーさん、誠実そう。だから、したくない人とはしない、と思う、多分」

てかこんな時に人を選んでる場合ではないし、したいものはしたいんだからするのは当然でしょ。ただ、マギーさんだって理性的な人だろうから、この男性陣の中で選んだのがグレンさんって所が、とても理知的だと思うんだ。

「そう?本当に?」
「多分ね」

それでも正確なことなんて言えない。あとはマギーさんに聞くのがいいよ、と言外に伝えるために肩を上げてこの会話を終わらせた。

会話を終わらせて数分後。農場の警戒や、洗濯、あとは特にすることないから本でも読んでようかと思った時。アンドレアさんが車の上に立ちながらウォーカーよ!と、叫んだ。

あたりは騒然。ウォーカーが来るとして、大群だったら最悪だ。自分の太ももにあるナイフホルダーからナイフを取って立とうとすれば、シェーンさんが私の肩を引っ張ってどけ、とやってきた。はぁ?なんだあいつ、流石にイラッとして舌打ちをこぼせば、Tドッグさんが私のことを立ち上がらせて、ここを守れと優しく言ってくれた。

走って行く彼を見届けて、グレンさんも走って行った場を目を凝らして眺めれば、やってくるのは一体っぽくて。ゆっくりゆっくり、こっちに歩いてくるその姿が見えた。

アンドレアさんが銃を構えてうつ伏せになる。デールさんはやめろ、銃を撃つな、って言ってるのにそれもガン無視だ。
一体なら撃たない方がいいじゃん、なんでそんなのもわかんないの、この人。少しだけ眉を顰めて、私も彼女に「銃はダメ!」と伝えようと走れば、アンドレアさんはその待ったも無しに銃を撃ってしまった。

倒れる身体に慌てたような顔をあげて駆け寄るリックさん達。それをじーっと見ていれば、アンドレアさんが小さい声で「そんな…」と怯えたような顔をした。
家の中からハーシェルさんと、マギーさん達が出てくる。慌てたように、なんの真似だと怒ってるその声を聞いて、私も全くだと心の中で同意していれば。

リックさんとシェーンさんが抱えて、引きずるように連れてきたのはウォーカーなんてものじゃなく。


薄汚れたダリルさんだった。


「…ダリルさん…!」

ナイフをしまって、走った。リックさんが私に向かって「大丈夫、気を失ってるだけだ」そう繰り返してるのを聞きながら彼の顔を覗き込んだ。
ダリルさんはうっすらと目を開けて、だまれビッチ、と一言だけ呟いた。

元気じゃん。こんな状態でもそんな言葉を発せられるなら充分に。少しだけ安心して、ダリルさんの元から離れた。

走ってくるのは私だけじゃなくて皆もそうで。その中にはアンドレアさんもいた。泣きそうな顔で、ごめんなさい、ごめんなさい、そう呟いている。

いやいや、皆のいう事を聞いてればこんなことにはなってないんじゃない?はらわたが煮えくり返そうとは、まさしくコレかと思った。

こんな状態だからこそ、助け合いって大事でしょ。こんな時だからこそ、マイペースじゃダメでしょ。
こんな事態になってるからこそ、周りの人のことを聞くべきじゃないの。いい大人がなんでわがままで場を乱すんだよ。

馬鹿なの?流石の私だって、今回ばかりはイラつかせてもらうよ。

ふざけんな、ビッチが。

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