21

ここに居る奴らは全員同じ顔をしてる。どいつもこいつもすぐに諦めたがる。まだ探し始めたばかりだろ、12歳とは言えども、生き抜きたいとおもえば生き抜けられる力はあるはずだ。

夜になり、デールの車で全員が横になっていた。グレンとTドッグはTドッグの傷を治すために先にグリーン農場に向かった。狭い車に5人が入る。体力も温存しないといけない。キャロルがベッドに入り、アンドレアが椅子に座る。アオは行き場もなさそうに立ち上がって扉に背中を預けていた。

ここが二人きりだとしたら、こいつを抱いているのに。

いつ破けたのか知らない俺の服を着たまま、白い脇腹をチラチラ見せられるこっちの身にもなって欲しい。
はぁ、と息を吐いて頭をガシガシ掻き回した。車内はキャロルの泣き声と、アンドレアの銃を弄る音でうるさい。アオの場所もない。

立ち上がり、アオに声をかけた。アオは俺をチラリと見上げて、首をかしげている。

「ソフィアを探しに行ってくる」
「…こんな夜に?」
「お前はそこで横になってろ」

さっきまで自分が横になってた床を顎で示して、寝ろと一言告げた。アオは俺のことを怪訝そうに見て、私も行くとまた同じことを言ってきた。

そんなにお前が責任を背負う必要はない。誰よりも気を張って、真っ先に走り出そうとしたのを全員が見ていたし、やる気だけはあれど実際は戦力にもならない女の中でも、誰よりも動いてるお前が、なんでそんなに気負う必要があるんだ。

理不尽過ぎるだろ。

「足がふらついてる、疲れてる奴が言うな」
「…ダリルさんも疲れてます」
「そういうことじゃねーんだよビッチ」
「ノービッチ」

ビッチはビッチだろ。頭を鷲掴みにして無理やり扉から引き離す。良いから寝てろ、1分でも多く体を休ませろ。お前は戦力になる側の人間なんだから、と。

渋々離れたアオを見やって、その代わりにとアンドレアがついていくと言った。じゃあ自分もいいじゃないかと言いそうなその顔を睨んで黙らせて、アンドレアを引き連れて車外に出た。

外は暗い。懐中電灯を照らしながら、そんな遠くまではいけないにしても、探しにいくことで気を紛らわせようと足を動かした。





「ソフィアには、探してくれる奴がいる。俺よりはマシだ」
「……そうね」

アンドレアと二人で森の中を歩いた。身の上話を話すつもりは毛頭なかったのに、気づけばアンドレアに話をしていた。誰かに話したかったわけでもない。ただ、女と二人で黙ったままいるのは居心地が悪すぎる。

「アオと仲が良いのね」
「…は?」

アンドレアの言葉に眉を顰めた。そこであいつの名前が出てくる意味がわからない。鼻で笑っただけで、何も返事をしないでいれば彼女はさらに言葉を続けた。

「あの子、偉いわ。英語の意味も理解できてないのに、なんとかしてコミュニケーションを取ろうとしてる」

最初の方こそ大人しい子猫だったのに、気づけば図太い人間になってた。単語だけで話していたのも気づけば文章に変わっていた。今でも堅苦しい言い方は変わらないけど、少しずつでも良いあいつが打ち解けられる場を作ってやれれば。

俺とは違う。学もある、幸せな家で過ごしていただろうし、可愛げのある女だ、きっと居場所を見つけられるだろ。

「私とは違う、ウォーカーとも立ち向かえられてる。まだあんなに、若いのに」
「…最初は一人だったらしい」

あの夜、あいつを抱いた事に特に理由は無い。女を抱きたかった、こんな世の中でも性欲はあるし、吐き出したかった。ただ、それがあいつにも同じタイミングで来たから抱いただけ。

抱いた後、少しだけお互いに話をした。ピロートークなんてものは面倒だし、ただ獣のように求めあってそれが満喫できたら終わりだった行為の後に、ぽつりと単語だけであいつが話をしたのを思い出す。

 
日本から来た。学会のために、アメリカに来た。逃げた。一人だった。男にレイプされそうになった。助けてくれた親子がいた。その二人と過ごした。ウォーカーも沢山殺した。だから、多分、私は、戦える、他の女よりも。


眠そうな声で消えるようにつぶやいて、俺の腕の中で丸まっていた姿を思い出す。あぁ、確かに、他の女よりは使えるやつだろ。 

「そうなのね…一人…」
「一人という意味でなら、あいつもあんたも、俺も変わらないだろ」

慰めるわけじゃ無い。死にたいのか生きたいのかなんて人それぞれだ、こんなクソッタレな世界でも生きていたいと思うから俺達は集まってるわけだから。
それでもあの女のように、会わなきゃいけない人がいるという目的一つで、日本に帰りたいという想い一つで、生きていこうと画策してるやつだっている。

「生きたいか?死にたいか?あいつを偉いと思うなら、あんたも覚悟を決めたら良いだろ」

あいつが偉いんじゃ無い、強いんじゃ無い。ただ、生きたいと思ってるか思ってないかの違いだ。誰かを羨む前に、誰かのせいにする前に、自分の気持ちに正直になれば良いだろう。

俺は、馬鹿だから。学もないから。口数も少ないし粗暴な言動しかしない野郎だけど、あんたがあいつを羨むのはお門違いだということだけは、わかる。







「……なんで外にいる」

探索から帰って車に戻った。車内はキャロルが一人でベッドに横になっていて、車の上ではデールが見張りをしていた。

車の外、壁に背中を預けて座りこんでるアオに近づき、そう声をかける。アオは俺の顔を見上げると、眠そうな目を細めたまま手をひらひらと振ってきた。

「中にいろって言っただろ」
「デールさん一人、申し訳ない」
「は?」

なんで言う通りにしねぇんだこいつは。ため息を吐いて、どかっと隣に座り込む。不思議そうにこっちを見てるその顔を無視して、ボーガンをすぐにとれるように自分の体に傾かせて、膝を立てた。

「寝ろ」
「寝れない」
「いいから寝ろ」

英語も話せないくせに言い返すな。アオの頭に手を置いて力を入れる。無理やり横に引っ張ってその頭を膝の上に乗せた。

「….硬い」
「うるせぇビッチ」

外で抱かないだけありがたく思え。





朝になったと同時に、デールの車に乗って農場へ向かった。なんとか無事に手術を終えたらしいガキの安否を聞いて、ひとまずはこの場の雰囲気がよくなった。

そのあとは誰が死んだか分からない葬式に、全員で立って。英語を聞き取れてないアオが隣に立ちながら、ぼーっと積み上げられて行く石を眺めていた。

「俺は今から探索に行く」
「…?もう一回」
「探索に、行く」

夕方に近づいた。居ても立っても居られないのは、誰だってそう。あのガキの親であるリックや、足を怪我したシェーンは仕方ないにしても、まだ力のある奴等で探しにいけるなら行くべきだし、探しにいけなくても出来ることはある。

農場の人間と何かを話していたアオに声をかけて、こっちに来いと指で呼んだ。このグループの中で一番話せるのはアオだから。あいつもきっと、そうだろうからとりあえず。

「私も行く」
「いい、リックに伝えろ」
「私が?」

一人で行動する事にあまり良い顔をしないリックにわざわざ伝えるのは面倒だ。何も言わないで行けば次はこいつも良い顔をしない。だったらアオを経由して伝えるのが一番楽だ。

「えー……」

それでも不貞腐れてるアオの頭に指を弾いて、ボーガンを担ぎ直した。やることはあるだろ、そう言えば、首を縦に振って頷きつつもまだ納得のいっていない顔をしていた。

面倒な女だ。そこまで責任を背負う必要は無いのに。お前のその無駄な責任も全部俺が背負ってやると言ってるのが何故分からない。別に言うつもりも毛頭ないけど。

だから不機嫌そうなその頬を片手で掴んで、突き出してる唇にキスをした。
触れるだけのそれを何度か角度を変えて深いものに変えて行く。腰に回ってきた手が俺の服を掴んだのを見計らって唇を離せば、物足りなさそうな顔をして見上げてきたアオに笑ってやった。

「ビッチ」
「黙ってくれます?キスしたの、そっち」
「他の奴にでもしてもらえ」

頬を横に何度か揺らして、そのまま乱暴に手を離す。これで少しは現実の苦しさやソフィアを追いかけられなかった自分の嫌な部分から目を背けられるだろ。

一人で過ごすのは俺だけでいい。
女は誰かと居た方が、絶対にいい。それはリックみたいな正義感のある奴だ。

少なくとも、俺みたいな人間ではないことだけは、確かだ。

ALICE+