小さい頃、王宮の堅苦しいパーティーがうざったくて外に出たことがある。外に出たからと言って何処かに行く宛があるわけでもない。ただぼんやりと、夜空に浮かぶ満月を眺めながら俺は聳え立つ王宮の壁に背中を合わせ、ずるずると地面に腰を落とした。

その時、茂みの中ががさりと動いた。

「誰だ」

頭に立つ耳が敏感に反応する。立ち上がり茂みの方へと視線をやる。いつでも魔法は使えるよう、手を構えた。

「あ…ごめんなさい、あまりにも心地良くて…」

聞こえてきたソプラノの声は、茂みの中からだった。ゆっくりと歩みより近づけば、俺と同じぐらいの歳の女がその場でしゃがんでいた。
パーティーに参加していたのだろうその服装は、茂みの中で寝転がっていたのか、葉っぱや砂に塗れて見るも無残な姿だ。

「お前は誰だ」

俺達獣人とは違う、顔の側面から出ている耳に髪をかけながら、そいつはゆるりと立ち上がりにこりと笑みを見せた。

「こんばんは、レオナ王子」

そいつは、別の国から来た旅商人の子供だった。大勢いた大人達の中に、1人だけ獣人族ではない奴がいたことを思い出す。このパーティーの参加を機に俺達の服へと売り込むのか、滑らかなシルクを身に纏っていたはずだ。

「で、お前はなんでそこで寝ていた」

1人でいるのも暇だった。俺はそいつと、夜の空の下草むらに寝転がりながら話をした。
様々な国を旅したそいつの話はとても面白かった。夕焼けの草原しか知らない俺の世界からでは考えられないほどに、広がる海や荒れる空、立ち込める火の中見つけた宝の話達はキラキラと輝いていた。

「パーティーって、めんどくさいんですよね」

そいつは、幼い俺にとって十分な影響を及ぼした。知らない世界、知らない人間、興味を持つのに十分すぎるほどの理由だった。
めんどくさいと言ったそいつの言葉に頷き、何か返そうとすれば衛兵達が俺を探す声が暗闇の中から聞こえた。

「ちっ…」
「戻りましょうか、レオナさん」

そいつは俺の手を握り、立たせる。お辞儀をして、ゆるりと背中を向けて先に中へと入っていくあいつを見て、俺はまた会いたいと思ったのだ。



小さい頃、俺の世界は夕焼けの草原と王宮だけだった。どうしたって狭められる世界が俺は煩わしかった。どうせ王になれない第二王子だ。王宮にいたところで何になるでもない。なら、世界を広げたいと思うのだって普通だ。

あの女が羨ましくて仕方なかった。飛び回った世界の話をしながら、目を輝かせるあいつが。
特産物や宝石について、意気揚々と話せるあいつが。心底羨ましいと思った。

もう一度会いたい。あの話を聞きたい。楽しい話を、心が躍るような話を、冒険の話を、物を、宝石を、服を、文化を、言葉を、自由自在に語り尽くすあの女に。


会いたい。





「....え」


自分の部屋に、聞きなれない声が聞こえた。
窓の向こうを睨んでいた俺は、急に現れたその気配に、思わず後ろを振り向く。
そこには、ヘタリと床に座り込んだ女がいた。

「っ誰だ!!」

衛兵だっていただろう。警備はどうなってやがる。そもそも兄貴ではなくなぜ俺のところに、そう思っていたのも束の間、攻撃をしようと構えた手が不意に迷いを示した。
長い髪を垂らした顔がゆっくりとあげられる。白い布を床に広げた状態で、その女が、俺の目に目を合わせた。
エメラルドに光る俺と同じ瞳がかち合う。

「...レオナ王子!?」
「お前は...!!」

突如俺の前に現れたのは、いつだかのパーティーで出会った、旅商人の女だった。
月見酒
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