そいつのそれは、ユニーク魔法のせいらしい。
誰かが求めたとき、すぐに現れられるようにと、その女の家系全員が継ぐユニーク魔法。急にも何も、本当に突然現れすぎだと俺は思わず心で唸った。

「レオナ王子、お久しぶりです。私のこと...呼びました?」

いまだに床にへたり込んでいる少女に近づいた。
名前は確か、サラダ。旅商人の子供ですと、頭を下げていたのを思い出す。

「旅商人として、今初めてお客さんに呼ばれました。何かお求めでしたか?申し訳ないのですが、今ちょうど寝るところだったので...」

俺と同じ、黒い髪。俺と同じ、エメラルドの瞳。俺とは違う白い肌。俺とは違う、身分。
それなのに、俺は同じように床に座り込み、サラダの顔をじっくり見た。少しだけ怯えている少女の肩が、震えていた。そりゃそうか、気付けば知らない部屋、目の前には王族の人間とはいえ男。初めて発動した、自分のユニーク魔法。わからないことだらけなのは、俺だけではなくこいつもだった。

「お前、今はどこにいる?」
「へ?」

キングスカラーの王室のことじゃない。元々いた場所は、どこなんだと聞けば、夕焼けの草原から遠く離れた国の名前をこいつは答えた。
そうか、本当にユニーク魔法でここまで飛んできたのかと。時空転移魔法とはまた違うそれに、俺は納得はせずとも理解をした。
あぐらをかいて、膝の上で頬杖をつく俺を、サラダは不思議そうに眺めた。寝る直前だったらしい髪は濡れている。白い布が、やけに寒そうだった。

「この前は、ありがとうございました」

沈黙が嫌だったのだろう。何も言わない俺に堪えてか、サラダは口を開いた。

「パーティーを抜け出して、まさか私みたいな平民が、王家のレオナ王子とお話ができるなんて、思っても見ませんでした。とても楽しい時間でした」
「...俺もだ」
「...え?」

つい、声が出た。

目をまんまると見開いたサラダが、口をまぬけにも開けながら俺を見ている。

「聞いたことのない話ばかりだった。旅商人の話は、中々聞ける物じゃない。...興味深かった」
「それは...よかったです」

にこりと。まるで擬音語が後ろにつきそうなほどに、目を細めて首を傾げながら笑うそいつに、俺まで力が抜け落ちた。
肩の震えが止まったのか、ずっとあがっていたそれが下がり、サラダはフゥと息をついた。

「...聞かせろ、もっと」

言葉を、文化を、その国独自の機関や法律を。旅をしなければ伝わらない、見ることのできない話を。
少女にそう問いただせば、彼女は胸元をキツく握りしめて、そして笑顔を見せた。

「喜んで!」

その笑顔が、今でも忘れることができない。








「でね、鉱石を見つけるためにまずはワニに乗って湖を移動しないといけないの」
「獣人以外にも人語が話せる動物がいるのか」
「そうだよ。モンスターだけじゃなくても人語が話せる動物は、探せば結構いたりするの」

そいつはよく現れた。特に望んでいるわけでもない、何か買いたいわけでもないのに、音沙汰もなく現れては、気付けば消えている時もあった。
今日だって、本当はこのまま眠る予定の時に、サラダは不意にベッドの上へと現れた。
何度も何度も、同じ状況になったことがある。その度に、またかと顔をしかめれば、そいつも同じように呆れていた。

「今日はそのワニと仲良くなったのね、だからさっきまで一緒にいた」
「だからお前生臭いのか」
「それレディーに対してめっちゃ失礼すぎるんだけど!!」

サラダは、タメ口で俺に話すようになった。
最初にあったときの姿が、旅商人としての上面を固めただけの物だったのか、やけにフレンドリーにそして俺をレオナと呼び捨てで呼ぶ姿の方が、溌剌な見た目には似合っていた。俺がにこやかに笑うのが変なように、こいつがおしとやかに笑う方が変なのだ。

ベッドの上に二人で横に並びながら話をする。外にいる衛兵に気づかれないように。俺は人払いの魔法をかけてまで、サラダとの話を心待ちにしていることも、気づかれないように。
枕を背中と壁の間に挟み、足を伸ばしてサラダはさらに言葉を進める。俺は分厚い本を足の上で広げながら、その言葉を耳に流した。

「お風呂入ろうとしたときにレオナが呼ぶんだもん、仕方ないでしょ」
「呼んだ覚えはねーよ」
「もーほら、慌てて着替えたから服のボタン掛け違ってるし」

同い年のやつが俺にタメ口を聞くことなどはない。王家への不敬として問われるだろう。こいつは国外の人間であると同時に、衛兵にバレないように現れて消える人間だから許される。というより、俺が許しているから特に問題はない。
サラダは、知識が豊富だった。旅をしているおかげか、言葉や文化の知識が特に。その話を聞くのが、俺は興味深かった。自分の頭をひけらかすわけではないが、それなりに知識はある方だ。教師についてもらいながら、俺は兄貴以上に、その能力を吐き出しているのだから。

無駄な力ではあるが。


「知るかよ」
「でもね、今滞在してる国、すごく面白いんだよね。獣人とはまた違うんだけど白熊と黒熊の夫婦が運営してるアイスクリーム屋さんが本当に美味しかった」

こいつの話す話は、想像つかないものだらけだった。
聞いたこともない話がたくさんあった。その一つ一つが、俺の心を刺激する。見てみたい、俺も行ってみたい、触ってみたい。その意欲は、まだ小さい俺には強すぎた。

「なんだそれ」
「チョコとバニラのミックス、最高だったよ。見て」

スマホを取り出して俺にその写真を見せるサラダ。思わず近くなる距離に、俺は少し警戒をしたが、真っ先に警戒すべき存在のサラダは無関心なのか、構わず俺にその画面を見せ続けた。

白と黒がミックスされたアイス。その後ろには白熊と黒熊がにこやかに笑っていた。

「白熊と黒熊の作るアイスがバニラとチョコのミックスなのは安直すぎるんじゃねーのか」
「えー!むしろそれが売りなんだと思うけどなぁ」

くそどうでもいい話だ。
サラダは頬を膨らませて、ブツクサと文句を言った。
本を閉じて、俺はあくびをする。いつもならここで、サラダの体が透明になっていく。帰れという合図があるのにもかかわらず、今日はまだなかった。

「...帰んないのか」
「まだ帰れないみたい」

俺は寝るぞ。
そう声をかければ、サラダは困ったように眉を下げた。どうやったら帰れるのかわからないらしい。不規則なそいつの魔法は、時として俺を悩ませた。自分で行けたり帰れるわけじゃないのだ。

仕方ない。俺は布団の中に潜り込んで距離を置く。曲なりにも夕焼けの草原の王家の人間が、女に対して礼を欠くわけにはいかない。

「別に襲ったりしねーよ」

そう声に出して、布団をあげれば、サラダはおずおずといったように布団の中へと潜り込んだ。でかいベッドだ。二人が入ったところで狭くなるわけでもない。

「お父さんに怒られちゃうな」

サラダが不意にそういった。部屋の電気を消して、暗くなった室内には月の光だけが存在感を出している。
俺は右に体をむかせてその光を睨んだ。

「嫁入り前の女の子が、男のベッドに入るなんて」
「はっ」

鼻で笑ってやった。
そうすることでしか、自分の心を落ち着かせることができなかったからだ。
月見酒
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