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公園から一番近かった寺坂くんを殺せんせーと一緒に見送って、次は私の家へと向かう。家に入る直前まで寺坂くんは殺せんせーを睨んでいたのが面白かった。
ゆっくりと歩く。空を見上げれば、もうずっと見てきていた細い三日月が浮かんでいた。
「...先生」
「はい、どうかしましたか?新稲さん」
私は、殺せんせーに全てを話した。
去年の秋に母親が交通事故で死んだこと。それが原因でお父さんがおかしくなったこと。
ずっと、ずっと、ずっと。
お母さんを生き返らせるために、解けもしない問題を解こうとしていて、ついには大学の人間にも見限られそうになっていること。
寺坂くんに話したことと全く同じことを。
お父さんが私を見てくれなくて、寂しいと言うことを。
先生は、触手をゆっくりと揺らしながら私の頭をポンポンと撫でてくれた。この前の進路相談の時のように、ゆっくり、ゆっくりと。
無性にその動きに泣きそうになって、さっきあんなに泣いたというのに、また涙が出るなんてすごいなと内心思いながら、静かに両目に涙を浮かべた。
「あなたは、どうなってほしいですか?」
聞こえるようにゆっくりといったその言葉に、私は考える。
どうなって欲しい?私はただ、お父さんに元に戻って欲しいのだ。前みたいに笑顔で数学について語ってくれるお父さんに。前みたいに、優しくて、たまにお母さんに怒られてショボンとしてる。そんなお父さんに、戻って欲しい。
決して、お母さんに帰ってきて欲しいだなんて、思っていない。
「ならばはっきりと、自分の思いを口にすればいいんです。どんな言葉でもいい。汚い言葉になってもいい、つぎはぎだらけでもいい。
自分に、素直になるんです」
殺せんせーは、私の目をしっかりと見つめて、そういった。
家までしっかりと見送ってもらって、家の中に入る。冷蔵庫にある昨日の残り物をレンジてチンしてご飯を食べていれば寺坂くんからメールが入っていて。無事に帰ったかどうかの心配だった。それに笑いながら、返信をすれば、数分と経たずに返ってきて。
『俺に何ができるかはわかんねーけど、ブランコぐらいならまた押してやる』
その、不器用なりにも感じる寺坂くんの優しさに、また私は涙を流した。
すると、ドアの鍵を開ける音が聞こえて。私は慌てて携帯を閉じて涙を拭う。今日は一体何回泣けば気がすむのかと苦笑いを浮かべて、玄関に走り寄る。
自分に素直になれ。殺せんせーに言われたその言葉を胸に、私はお父さんに向かってお帰りなさいと言おうとした。なのに、お父さんは私の顔を見ると何かに取り憑かれたかのように私の両肩を掴み、私の体を大きく揺らした。
「な、何、お父さん、どうしたの...!!」
「聞いてくれ、サチ!!」
珍しく、笑顔だ。
濃い色のクマをこしらえたその目元を見れば、瞳孔も開ききっていた。
「もうすぐだ...!!もうすぐで答えが見つかりそうだ...!!そうしたら、また三人で過ごしていけるぞ!!サチに寂しい思いをさせずに済む...!!また、また三人で...な...!?」
背筋が凍る感触というのはまさにこれか、と思った。
この人は、何を言っているのだろう。私は思わず肩を震わせる。
「お母さんが、生き返るぞ、サチ...!!!」
「そんなことできるわけないじゃん...!!!」
私はお父さんの手から逃げるように、お父さんの胸元を押す。
下を向いて、流れる涙を無視して。今まで溜まりに溜まっていたものを吐き出すように。
「そんなことできるわけない...!!」
今までのお父さんの努力をすべて否定するような、言葉を言い放った。
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