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新稲さんの成績や普段の振る舞いを見て、低い評価をつける教師はいないでしょう。いたらその人は節穴の目を持っている。

ここまで約半年、彼女を見守ってきた。数学者の娘と言われる新稲さんを紙上だけで判断した時とは違う。新稲さんの、新稲さんだけの力をずっと見てきた。

数学の能力もさることながら、空間処理能力、人を指示する力、そして、人の懐に入っていくコミュニケーション能力。

どれも、彼女だけが持っている一級品の能力だった。

ただ、彼女には一つ決定的なものが足りなかった。



彼女には、自信が足りない。



数学の能力も空間処理能力もクラスの中で、いやきっと、全国的に見てもずば抜けているのに。そのことに当の本人である彼女が気づけていない。
現に、これまでにクラスの人が何度だって挑戦した個人での暗殺も、新稲さんだけは行っていない。

それにはきっと、新稲さんの中で何かが問題だからなのだろうとずっと思っていた。きっといつも笑顔のその裏には、何か抱えているのだろうと。



渚くんと渚くんのお母さんを家まで届けた帰り道、空を飛んでいれば、不意に下に見えた公園に、よく見慣れた二人の後ろ姿を見つけた。
こんな夜遅くに制服のままでいるなんて...と担任らしく彼らの後ろに現れれば、驚いたように顔を上げた新稲さんの顔に涙の跡が見えた。これは一大事だと、寺坂くんを見れば、彼は俺が泣かしたわけじゃないと言っていて。

半年見ればわかること。寺坂くんと新稲さんのコンビもずいぶん板についてきて、確かに彼が彼女を泣かせるなんてことはないだろうと納得をする。

それでも、こんな夜遅くに可愛い生徒を置いておくわけにもいかず、私は二人を家に送り届けることにした。先に家の近い寺坂くんの家へ。彼は家に入る最後の最後まで、心配そうな顔で新稲さんを見つめていて、なんだか不意に訪れた甘酸っぱい青春に、思わず触手が懐に入ったマル秘ノートに伸びそうになった。


ゆっくりと、新稲さんの家まで歩いて向かう。いつもなら抱えてマッハでいくのだが、何か悩みを抱えている生徒を前にして、そんなことをしてしまっては捌け口をなくすのと同じだ。私はゆらりゆらりと触手を揺らしながら、小さく紡がれた言葉に耳を傾けた。


どうか、彼女に備わるべき自信が戻ってくるように。

どうか、自分の意志をはっきりと口にできる強さが手に入りますように。

どうか、彼女に、笑顔が戻ってきますように。


きっと、寺坂くんも全くの同じことを、細長い月に向かって思ったことでしょう。

中へと入る 新稲さんの背中を最後まで見届けて、私は空を飛ぶ。明日には、新稲さんの笑顔が見れることを祈って。




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