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2日目。昨日はお父さんは来なかったけれど、今日は来てくれるだろうか。
私は期待を胸に抱いて、今日も学校へと向かった。教室に続く山の坂道、そこには何故か大量の人の列があって。

教室についてカバンを置いてエプロンをつけて、慌てて律を起動する。律に何故なのか調べさせれば、どうもとあるグルメブロガーの人がこの学園祭の私たちの出店を広めてくれているらしくて。


そこからはてんやわんや。昨日に比べればたくさんの人たちがこのクラスに足を運んでくれて。私は何度もアプリをアップデートさせて、キノコや木の実の場所を散布図に載せ変えたり。

そして、どんぐり麺の在庫もなくなりかけたその時、殺せんせーがもう打ち止めにしようと言った。


「新稲さんの散布図を見る限りでも、もう採取量は上限に達しそうになっています」


その言葉に、皆苦々しそうな顔でアプリを見つめる。
散布図の右下に描かれているバーは、上限のところまで進められていた。


「植物も魚も鳥も菌類も節足動物も哺乳類も、あらゆる生物の行動が縁となって恵みになる。この学園祭で実感してくれたでしょうか。君たちがどれ程多くの縁に恵まれてきたことか」


今回も、まんまと殺せんせーの授業の罠にはまっていたらしい。この学園祭で、今まで行ってきた自分たちの体験を改めて感じ取ることができた。


「新稲!!」


と、途端に寺坂くんが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ん?」


寺坂くんの声に振り向けば、寺坂くんの後ろに男の人がいて。私は思わず、手に持っていたお盆を手から離し、落とした。からんと鳴るお盆の音に、皆は一瞬そっちに気をとられたようだけど、慌てて、私とその人を見比べる。


「お父さん...!!」


その私の声に、驚きの声を上げたのはクラス全員だった。







ほとんど人はいなくて。最後の一つだったどんぐり麺を村松くんに作ってもらって、席は座っているお父さんの前に出す。お父さんは麺をじっと見つめて、私の顔を見た。


「...すごいな。テレビに映ってたよ。生徒にも、娘さんの学校ですかって言われて、誇らしかったよ」


目元を緩めて、そう笑顔で言うお父さんに、私は笑みを浮かべる。
そして一口すすって、麺を食べてくれたお父さんに感想を聞けば、美味しいと一言そう言ってくれて。思わず後ろの教室を振り向いて、親指を立てて笑顔を送った。


「もう...サチは、寂しくはないのか...?」


下を向きながら。お父さんは小さくそう零した。
震えている、机の上に置かれている拳に手を乗せる。自分の気持ちに正直に。自分に素直に。自分の意志を、はっきりと。

私は目を開いて、お父さんと目を合わせた。


「お父さんが教えてくれたおかげで、アプリも向上して、今回の学園祭の役に立てたんだよ。今まで、あまりE組の皆の役に立てたことなかったけれど、今回は、自信を持って言えるよ。お父さん、ありがとう」


お父さんが教えてくれなかったら。きっとこんなにクオリティーの高いアプリは出来上がらなかった。お父さんの力があったから、最後まで頑張れた。私は今日、初めて。クラスに貢献できたんじゃないかと胸を張って言える。

お父さんに手伝ってもらって。そんなお父さんの娘であることに。

誇りが持てた。


「...寂しいなんて、当たり前だよ、お父さん。お母さんが死んじゃって、すごく寂しい。きっと、お父さんも寂しいんだよね」


お母さんの名前を呼んでいたお父さん。涙を流しながら、背中を震わせていたあの時を思い出す。きっと、一番寂しいのはお父さんだ。小さい頃から大好きだった一人の女性を亡くしたのだから。そりゃ、現実から逃げたくなるのもわかる気がする。

頭がいいから、計算が止まることが嫌で。何かを解き続けていないと、きっとずっとお母さんのことを考えちゃうんだ。だから、生き返らせたくて。そんな論理、あるはずないのに、自分が証明してやるんだって躍起になっていたんだ。

自然にあふれる涙が、私の頬を流れ落ちた。視界が歪んでいる。
お父さんの顔が見えないけれど、きっと、お父さんも泣いている。


「寂しいよ、お父さん...」


本当は、寂しいって言えばよかったんだ。
お父さんを心配させちゃいけないって。お父さんの前で泣かなかったから。お父さんに寂しいと言わなかったから。

本当は、お父さんの胸に飛び込んで、寂しいと泣きじゃくるだけでよかったんだ。


「私はただ、もう一度お父さんとお母さん三人で、何て考えてなくて...ただ、ただね?お父さんと、お母さんとの思い出を話したかっただけなの...」


いつも三人で話していた理科や数学の話。二人の研究室にいる生徒さんの話。
一緒に見た花火。一緒に行った遊園地。たまに喧嘩してた時の話とか。ホラー映画を何食わぬ顔で見て論破する割にはビクビクしていたお母さんを、二人で一緒に笑っていた話とか。

ただ、三人でいた頃の思い出を、二人で共有していたかった。


「それでもたまに泣いちゃう時があると思う。でも、それは、お母さんがいなくて寂しくて泣くんじゃなくて...お父さんと、お母さんと、三人でいたあの時間が大好きだから...!!大好きだから、泣くんだよ...!!」


寂しいから泣くんじゃない。
二人が大好きだから、泣いていたい。

お父さんの手を強く握って、涙を流す。私の気持ちは、私の思いは、通じただろうか。
国語の苦手な私でも、きちんと言えることはできただろうか。

お父さんは立ち上がり手を伸ばして、私の頭をゆっくりと撫でて胸元に私の頭を抱えた。
ドクンドクンと鳴る一定の心臓の音に、私は耳を預けながら、お父さんの胸元を濡らしていった。


「ごめんな、サチ...ごめん...」


お父さんは、私の耳元で何度もそう謝って、きつく私を抱きしめてくれた。




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