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「殺せんせーの名付け親は私だよ?ママが滅っ!してあげる」


夜7時。茅野っちと殺せんせーが戦う場所である椚ヶ丘公園に全員が来ていた。寒そうな薄着に、マフラーをつけた茅野っち。あまりにも苦しそうなその姿を、私は見ていられなかった。


「演技だよ」


楽しかったことも、苦しかったことも、修学旅行の思い出や、暗殺旅行の夏休みも。全部演技だと、茅野っちは言った。確実に殺せるようにひ弱な女の子を演じていただけだ、と。そうじゃないと、お姉ちゃんの仇が討てないから、と。

茅野っちの言葉を鵜呑みにするなら、雪村先生は殺せんせーに殺された、ということになる。彼女を信じていないわけじゃない。でも、私たちは殺せんせーの事も信じていた。


「...ね、殺せんせーの話だけでも聞いてあげてよ、カエデちゃん」


ひなのの言葉に私も頷いて声を出した。


「茅野っち、茅野っちは、本当にそれでいいの...?」


本当に、殺せんせーを殺したいと思っているの??


「新稲ちゃんと同意見だ。今、茅野ちゃんがやっていることが殺し屋として最適解だとは俺には思えない」


カルマ君の言葉の次に、イトナ君が続いた。
元、触手持ちだったイトナくんがいうには、体が暑くて首元がさむい、触手特有の異常代謝のせいで、このまま戦えば触手に生命力を奪われて死んでしまう、と。

そんな私たちの言葉なんて無視して、茅野っちは触手に炎をまとわせて操った。


「うるさいね、部外者たちは黙ってて」


茅野っちは炎を周りにうつさせると、リング状に殺せんせーを囲わせた。先生の苦手な急激な環境変化。茅野っちは勢いにまかせて殺せんせーに襲いかかる。渚君の叫びだって、無視をした。


「ホラ!!!死んで殺せんせー!!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!死んで!」


迫力の勝るその茅野っちの顔は、狂気じみていた。


「言ってる方が今にも死にそうだぜ...」


前原君の言葉に全員が黙る。いや、だれも話しなんてしてはいなかったけれど、それでも無言の肯定を貫いた。


「なんとかなんねーのかよ...」


だれの言葉かはわからない。それでも全員が思ったことだろう。なんとかして、茅野っちを助けたいと。

その時、急に目の前に現れたのは殺せんせーの顔だった。


「なんで顔だけ!?」
「先生の分身です!茅野さんの猛攻であまりに余裕がなさすぎて、顔だけ伸ばして残像を作るのが精一杯です!」
「それはそれで器用だな...」
「手伝ってください!一刻も早く茅野さんの触手を抜かなくては!」


殺せんせーに言葉に全員が集中する。

茅野っちのあの攻撃は、自分の命なんてどうでもいいと思っているから出せるものだと。このまま続ければ、1分もすれば彼女は死んでしまう。そのために、戦いながら抜くしかない。一度茅野っちの触手の殺意に手応えを感じさせたその瞬間に、誰かが茅野っちの殺意を忘れさせてあげてくれ、と。


「殺意を...?」


忘れさせる。


「方法はなんでもいい、思わず暗殺から考えが逸れる何かです」
「その間ずっと先生の心臓に茅野の触手が?先生が先に死んじゃうんじゃねーの?」
「上手いこと致死点をズラすつもりですが...まぁ先生の生死は五分五分でしょう」
「五分って...そんな!」
「でもね」


先生の声がやけに静かに頭に入ってくる。
生死が五分五分だと言われて、こっちだって驚きと焦りでビクビクしているのに。


「クラス全員が無事に卒業できないことは...先生にとっては死ぬことよりも嫌なんです」


先生はそういうと、あと30秒で決行するからとびきりのものを準備しろと言って茅野っちとの戦いに集中をした。そうは言われても、と、全員が頭で考える。吉田君が三村に、エアギターをやれと言っていたがあまりにも彼が真剣に言ったものだから私も笑えずに、押し黙ってしまった。

そんな時、殺せんせーの心臓部分に茅野っちが触手を突き刺し、一度攻撃が止まった。殺せんせーは茅野っちの肩を掴み、くるりと反転させる。その茅野っちに向き合うように対面したのが、渚君だった。


「渚...」
「渚君...」


全員が彼の動きに集中する。よく茅野っちと行動を共にしてた彼なら。私は胸元の服をぎゅっと握りしめて、彼らを見つめた。
すると渚君は間髪入れずに茅野っちに襲いかかるように...いや、実際に襲った。




茅野っちの唇に、自身の唇を合わせたのだ。




キスだ、キス。



「「「「「「!!!!!!」」」」」」



あんぐりと大きく口を開いた私に、赤面をする愛美や原ちゃんその他大勢(莉桜とカルマ君はすぐに携帯を取りだして連写してる)。
愛美が赤面するのもわかる。だって渚君、すごく深いキスをしていた。多分たったの10秒ぐらいなのに、やけに長く感じたそれに私は思わず隣に立っていた寺坂くんの顔を見上げていた。


「殺せんせー、これでどうかな」
「満点です渚君!今なら抜ける!!」


渚君のキスによって腰が抜けた茅野っちを横にして、殺せんせーが彼女から触手を抜いた。


「これで...茅野さんは大丈夫になったんですか?」
「ええ、おそらく...しばらく絶対安静は必要ですが」


愛美が茅野っちを膝の上に乗せて座り込む。私もその隣に行き、茅野っちの頭を優しく撫でた。


「キス10秒で15HIT、まだまだね。この私が強制無差別ディープキスで鍛えたのよ、40HITは狙えたはずね」
「うむ...俺なら25は固いぞ」


ビッチ先生と前原君の謎のドヤ顔に思わず苦笑。まぁ確かに、先生によってディープキスを強行されていた私たちは齢15にしてキスが上達したとは思うけれど。
その時、殺せんせーに向かって弾丸が飛んで来た。


「瀕死アピールも大概にしろ。まだかわす余裕があるじゃないか」


心臓の修復に時間がかかると言って血を吐いている殺せんせーに向かって攻撃をするとは。遠くに立ってるシロに向かって私は思わず睨みをきかせた。


「大した怪物だよ。いったい1年で何人の暗殺者を退けて来ただろうか。だが...ここにまだ二人ほど残っている。最後は俺だ。全て奪ったお前に対し、命を持って償わせよう」


シロはそういうと、フードのチャックを顔まであげて顔を隠した男と共にその場を去った。


「それよりこっちだ、目ェ覚ましたぞ」


愛美の膝の上でゆっくりと目を開けた茅野っち。全員が彼女の周りに座り込んだり、覗き込んだりして、安堵の表情を浮かべた。


「...私...」
「茅野さん、良かった...」
「茅野っち、大丈夫?」


そっと、彼女の頭を撫でる。少し渚君をみて赤く頬を染めた茅野っちが、可愛かった。


「最初は純粋な殺意だった。けど、殺せんせーと過ごすうちに、殺意に確信が持てなくなった。この先生には私の知らない別の事情があるんじゃないか、殺す前に確かめるべきじゃないかって。

でも、その頃には、触手に宿った殺意が膨れ上がって、思いとどまる事を許さなかった」


茅野っちのその言葉にどう声をかけたらいいかはわからない。だけど、全員が思ってる事を渚君は伝えてくれた。


「目的がなんだったとかどうでもいい。茅野は、このクラスを一緒に作り上げて来た仲間なんだ。どんなに一人で苦しんでたとしても、全部演技だったなんて言わせないよ。皆と笑ったたくさんの日々が」


一緒に巨大プリンを作るために考えた。一緒に、修学旅行を回った。一緒に、クレープを食べた。そんな些細な事も、全部全部一つの思い出にしたい。茅野っちと笑いあった楽しい日々を、嘘だったなんて、思いたくない。


「...うん...ありがと...もう演技やめていいんだ...」


茅野っちは、涙を流しながら、そういった。


「殺せんせー、茅野はここまでして先生の命を狙いました。並大抵の覚悟や決意じゃできない暗殺だった。そしてこの暗殺は、先生の過去とも、雪村先生とも...つまりは僕らとも繋がってる。

話してください。どんな過去でも、真実なら僕らは受け入れます」


茅野っちの肩に腕をまわしてそっと立ち上がらせる。磯貝くんが殺せんせーにむかって言う言葉をしっかりと聴きながら、私たちは皆、殺せんせーの顔をはっきりと見つめた。


「...ふぅ、できれば過去の話は最後までしたくなかった。けれどしなければなりませんね、君たちの信頼を君たちとの絆を、失いたくないですから」


一陣の風が吹いた。


「夏休みの南の島で、烏間先生がイリーナ先生をこう評しました。優れた殺し屋ほど万につながる。的を得た言葉だと思います。

先生はね、教師をするのはE組が初めてです。にもかかわらず、ほぼ全教科を滞りなく皆さんに教えることができた。それは何故だと思いますか?」


全員が、気づいただろう。


「そう、


2年前まで先生は、死神と呼ばれた殺し屋でした。


それともう一つ」


殺せんせーは触手を一本、私達に見えるようにあげた。


「放っておいても来年3月に先生は死にます。一人で死ぬか、地球ごと死ぬか。暗殺によって変わる未来はそれだけです」


そして先生は、自身の過去を語り始めた。




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