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「ハッピーバースデー。機は熟した。世界一残酷な死をプレゼントしよう」
柳沢だ。教室の屋根の上に立ちながら、ニヤリと笑っている彼の後ろには、黒い服を纏った人物がいる。
「改めて生徒たちにも紹介しようか。彼がそのタコから『死神』の名を奪った男だ。そして、今日からは彼が新しい『殺せんせー』だ」
黒い服がブチブチと音を鳴らしてキレていく。目の前に現れたのは人間なんてものじゃない、化け物だった。
「そのたこと同じ改造を施しただけさ。違う点は、彼が自ら強く望んでこの改造を受けたことだ。不出来なイトナや義妹とは違う。想像できるだろうか。人間の時ですら1人で君達を圧倒した男が、比類なき触手と憎悪を得た。
その、破壊力を」
瞬間、殺せんせーの触手が伸びて私達を遠くに投げ飛ばした。同時に、地面がえぐられる。2代目死神から放たれた衝撃波で、耳がキーンとしている。
空中から地面に振り落とされ、少しお尻を撫でて立ち上がろうとすれば、なんだかめまいがした。
「無理すんな」
寺坂君が隣ですぐに立ち上がり、私の手を引っ張り起こしてくれた。
ありがとうと一言伝えてなんとか立ち上がる。柳沢の話す言葉を聞けば、2代目死神は、マッハ40もの速度が出るらしい。
「そうやっていつも」
茅野っちの苦しそうな言葉が聞こえた。そっちを振り向けば、彼女は苦々しそうに唇を噛み締めながら、柳沢をにらんでいる。
「他人ばっかり傷つけて、自分は安全なところから...!」
彼女の言葉に、腹立たしく笑っていた柳沢の笑い声がぴたりと止まる。風がひとたび吹いたあと、やなぎさわは服をばさりと脱いだあと「そう思うかね?」と言い、注射器のようなものをクビに刺した。
「俺に死の覚悟がないと、そう思うかね?」
「まさか...」
「命などもうどうでもいい。俺から全てを奪ったおまえさえ...殺せれば」
柳沢は、注射器を全て打ち終えたあと、それをからんと地面に転がし、ドクンドクンと身体中を波打たせた。血管が浮き出ている。触手を、要所要所に打ち込ませたらしい。
「無残に死ね、モルモット。愛する生徒に一生の傷が残るように!」
殺せんせーの後ろに回り込み、そう言いながら柳沢は2代目死神とともに攻撃を繰り出した。
「なんのっ!」
殺せんせーは触手でそれを防ぎ、そして私達にはなしはじめた。
さっきの授業で言い忘れたことがある。
いかに巧みに正面戦闘をさけてきた殺し屋でも、人生の中では必ず数度、全力を尽くして戦わねばならない時もある。
「先生の場合、それは今です!!」
一撃一撃が衝撃波を生む、規格外の戦いが始まった。動きは全くわからないけど、殺せんせーが圧倒されていることだけはわかる。手も足も出ずに、そして動くこともできずに、私たちは襲ってくる衝撃による風から身を守ることしかできなかった。
烏間先生ですら手が出せていない。
これじゃああまりにも、私たちは殺せんせーの、
「...?」
「どうした、新稲」
となりに立っていた寺坂君が私に声をかけた。
少し首を傾げていた私に気づいたのは彼だけじゃない。莉桜や愛美、原ちゃんもだった。皆に聞こえるように、指をさして声をだす。
「殺せんせー、かわしはじめてる」
不破さんの手にある携帯から、律がこっちを見ていた。考えていることは一緒なのだろう。
最小限の力で攻撃を逸らし、土をつかって光を防ぐ。先生はどこまでも先生だった。
「道を外れた生徒には、今から教師の私が責任を取ります。だが柳沢、君は出て行け。ここは生徒が育つための場所だ。君に立ち入る資格はない!」
断言した殺せんせーに全員が注目をする。
柳沢は、ピキ、とこめかみを震わせると、指を鳴らした。後ろに立っていた2代目死神が、瞬間的に私たちの前に現れる。
「パワー重視の全開攻撃を、かわせない生徒たちを標的に、全員死ぬまで繰り返し続ける。
守るんだよな?先生ってやつは」
目の前に現れた強大な力に、私たちはなすすべがない。
パチパチっとなる雷のようなものに、全員が身を守るので精一杯だ。
感じるのは恐怖。
攻撃がなされようとした時、思わず目を瞑った。
それでも、一向に私たちには攻撃が訪れなかった。つまりそれは、すべての攻撃を殺せんせーがかばった、ということ。
目を開ければ、ボロボロになりながら私たちの前に立っている殺せんせーがいた。
「殺せんせー!!」
全員で叫ぶ。
また攻撃がくる。何度も、何度もそれを殺せんせーは受け止めた。
「標的と生徒が一緒にいれば、こうなるのは当然の答えだ。不正解だったんだよ今夜校舎に入ってきたお前らの選択はな」
柳沢の言葉に否定ができない。
溢れ出る暗い気持ちに唇を噛みしめる。ずっと思っていた。ビッチ先生を救出するために出向いたあの時も、まさしく私達はこんな状態だったじゃないか。
やめろ、柳沢!
烏間先生の声が響く。それと同時に柳沢が片腕を振り、烏間先生をぶっ飛ばした。烏間先生でさえ、なすすべがないだなんて。
「どんな気分だ!?だ〜い好きな先生の足手まといになって絶望する生徒を見るのは!!」
こんな時に私の頭はなんで動かない。数学の力じゃ何も出来ない。殺せんせーを救う道を考えるのが数学者を目指した理由なのに、何にも使えない。
「わかったか、お前の最大の弱点はな――」
ずっと、ずっと思ってた。私達が殺せんせーの、最大の弱点。
「なわきゃないでしょう!!」
殺せんせーの、大きな声が、項垂れていた皆の顔を上げさせた。
浮かびかけていた涙が引っ込む。
「正解か不正解かなど問題じゃない!彼らは命がけで私達を救おうとしてくれた!恐ろしい強敵を倒してまで校舎に会いにきてくれた!その過程が!その心が教師にとって最も嬉しい贈り物だ!
弱点でも足手まといでもない!生徒です!
全員が、私達の誇れる生徒です!」
殺せんせー。私はやっぱり、先生が大好きで、そしてやっぱり、尊敬してる。
引っ込みかけた涙がまた溢れ出てきた。思わず目頭に手をやり、超体操着の袖に涙を滲ませた。
殺せんせーの声は震えてる。それでも柳沢はなおも攻撃を続けた。
「では続けるぞ。ちゃんと守れよ、可愛い生徒を」
その瞬間、乾いた音が辺りに響き渡った。
ハッと息を呑んだ後に気づいたのは、その音が茅野っちの方から発生したこと。
彼女はハンドガンを投げ捨て、ナイフを片手に殺せんせーの前に立った。
「逃げて殺せんせー!!時間稼ぐからどっか隠れて回復を!!」
「よすんです茅野さん!」
すかさず殺せんせーは口を挟む。茅野っちはなおもナイフを握る手を離そうとせず、ゆっくりこっちを振りむき言った。
「……ずっと後悔してた。私のせいで皆が真実を知っちゃったこと、クラスの楽しい時間を奪っちゃったこと」
冬、私達のクラスは確かに暗かった。先生を殺すか殺さないか。それで喧嘩をしたのは確かに、彼女が発端だったから。
「……だからせめて、守らせて。先生の生徒として」
茅野っちは確かに、素早い動きで柳沢の攻撃をかわした。さすがは触手持ちだったから、なのか。いつもの彼女からじゃ考えられないほどの身のこなしだ。
思わず目を見開く。それでも彼女だけに全てを背負わせるなんてことはできない。逃げよう、そう言いかけたその時。
彼女の胸が、真っ赤な血に染められ、そのまま彼女は地面に横たわった。
何も考えられない。口を手で覆いながら、思わず腰が砕けそうになったが、咄嗟に寺坂くんが私の腕を持ち上げて堪えた。挫けてはいけない、しっかりと立つんだ。
「はははははははははは!!姉妹そろって俺の前で死にやがった!!本当に迷惑な奴等だな!!」
それでも嫌悪感が身体中を巡った。
「姉の代用品として飼ってやってもよかったが……あいにく穴の開いたアバズレには興味なくてね」
なんてことを言うんだ。奥歯をガラリと噛み締めながら柳沢を睨みあげる。全員が怒りに肩を震わせている。
大気も、地面も、全てが震えている。
私達全員の怒りと、そして、殺せんせーの怒りだ。
私の腕を握る寺坂くんの手が強く私を握っていた。私の両手も、手のひらに爪が食い込むほどに、握りしめている。
殺せんせーは、全身を闇のように真っ黒に染めた。
まるでそれは、死神のようだった。
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