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殺せんせーは、触手も全てを真っ黒に染め上げて、怒りに震えていた。


「それだ。我を忘れて感情が歪めば……触手生物の全身は真っ黒に染まる!その色でなくてはフルパワーは出せない。つまり闇の黒こそが破壊生物の本性なのだ」


柳沢は腹の底から大きな声で笑いながらそう宣った。地面からゆっくりと立ち上がり、柳沢を振り返った殺せんせー。


「ふざけた黄色の偽善者面で過ごした一年を、お前自ら全否定した事になる。……大いに満足だ」


偽善なんてない。殺せんせーは、殺せんせーだ。私達の大好きな大好きな大好きな大好きな、大切な、担任だ。


「そして……ボロボロのお前の渾身のド怒りも、真の力を出す “二代目” によって否定される」


2代目死神に、柳沢が注射を刺す。大きな音を立てて風がふいた。土がえぐれる。えぐれた土が塊となって、地面に降り落ちてきた。
横たわっている茅野っちにかかりそうになっている。渚君が走って、彼女を抱きかかえると、「離れよう!」そういった。


「...うん、私達の注意がそれている間に離れよう」


私がそう言えば、全員が走り出す。それでも躊躇している愛美に、カルマ君が腕を握り「逃げるのも立派な戦術だ」と言った。逃げたくない気持ちもわかる。彼女の気持ちも十分に理解できる。それでも逃げる事は悪手じゃない。

何が正しくて正しくないのかはわからない。それでも、今この瞬間、一番最善だと思う手を。


「...地獄のような一年だった...だが、今終わる」


柳沢の言葉を契機に、死神の攻撃が殺せんせーに突き刺さる。

その時、白い光が先生から放たれた。黒い触手のままに見えたそれは、黄色、シマシマ、青、様々な色に変化していた。


「教え子よ、せめて安らかな、卒業を...」


大きな白い光が殺せんせーと、死神を包む。
上へと向かっていくその光が、バリアを抜けて、そしてパァンと鳴り響いた。

上空での静かな勝利は、だれも歓喜の声をあげることはなかった。













「...茅野っち...」


渚くんの腕の中でぐったりとしている茅野っちに、全員が何も言えずに涙を流したり、うつむいたりしている。
とりあえずおろそうと言った千葉君の言葉に、渚君が地面におろそうとすると、ゆったりと立っている殺せんせーが、「降ろさないで」と言った。


「皆さん」


フラフラしている触手が、しっかりと固まった。


「失った過去は取り戻せません。先生自身、多くの過ちを犯してきました。ですが過去を教訓に、繰り返さない事はできます」


殺せんせーがそう言って見せた抱えるそれは、真っ黒な球体。何これ、と呟いたひなたに殺せんせーは答える。


「茅野さんの血液や体細胞です」


誰もが目を見開いた。地面に落ちる前に全て拾い集め、無菌に保った空間で包んで空中に保管をしていたらしい。あの一瞬で、そこまでのことを。殺せんせーは、過去の自分からすべき事を見つけ出したんだ。


「今からひとつひとつ、すべての細胞をつなげます」



いくつもの細い触手が茅野っちの胸に刺さっていく。素早くそれでいて的確な処置。細胞は1ミクロンのズレもなく綺麗に並べられていく。


「血液も少々足りません。AB型の人、協力を」


途中AB型の血が足りなくなり、殺せんせーの触手が伸びてきて私の腕から血が抜かれた。茅野っちを助けるためなら、どんどん持って行ってくれとばかりに、カルマくんとイトナクくんの隣で腕を差し上げた。血を抜いたあとの腕には、殺せんせーのマークが書かれた絆創膏がぴとりと貼られた。


「中村さん。破壊された誕生日ケーキを拾ってきて先生の口に」


集中が途切れないように(8割以上は食べたかったらしい)莉桜が持ってきたケーキを食べさせる。土がついてるけどそれでも構わないといいながら、殺せんせーは美味しい美味しいと食べていた。


「あとは心臓が動けば蘇生します」

生徒どてっ腹をぶち抜かれた時の対処というマニュアル通り完璧なはずだと言った殺せんせーに全員のツッコミが入る。


「今だから言いますが、たとえ君達の体がバラバラにされても、蘇生できるように備えていました」


先生がその場にいさえすれば。
先生が生徒を見ていれば。

殺せんせーはそういうと、触手に電撃を走らせ、茅野っちの腕に伸ばした。

全員がそれを見守るために後ろに一歩下がった。それを確認した殺せんせーは、彼女の体に電撃をビリリと走らせる。
固唾を飲み込んでそれを見守れば、固まったままだった茅野っちの胸が少しずつ動き、そして、むせ返るように呼吸をこぼした茅野っちが、大きな目を見開いて、ゆっくりと身体を起こした。


「また...助けてもらっちゃった」
「何度でもそうしますよ。お姉さんもそうしたでしょう」


張り詰めた空気が一気に弾け飛ぶ。彼女に抱きついたり泣き始めたり歓声をあげたり。茅野っちと名前を呼んで、私は彼女の頭を抱え込みながら泣きじゃくった。

イトナくんが彼女の胸を見て可哀想と言ったり、冗談を言える雰囲気になって、またいつもの空気が戻ってきた。笑いながら岡島が、殺せんせーのことだから少しは巨乳にしてくれているんじゃないかと言った。


「そーなの、殺せんせー?」


矢田っちが言って、全員で笑いながら殺せんせーを振り返った。








「ふいーーーーー、疲れました」






そう言って倒れ込んだ殺せんせーはいつになく満足気で、いつになく弱々しくて。


「皆さん、暗殺者が瀕死の標的を逃してどうしますか。



わかりませんか?殺し時ですよ。楽しい時間は必ず終わるものです。
それが、教室というものだから」


その言葉に、空気が固まった。


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