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膨れ上がっていくレーザーの光は、予定に変更がない事を雄弁に残酷に物語っていた。暗殺期限まで30分を切っていて、もう時間はないこともわかり切っていた。


「皆、俺たち自身で決めなきゃいけない」


クラス委員長の磯貝君が、皆の前に立ち口をひらいた。


「このまま手を下さずに、天にまかせる選択肢だってある。手、上げてくれ。殺したくない奴?」


その言葉に、全員が手を挙げる。殺したくないに決まってる。この一年、たくさんのことを教えてくれた殺せんせーと別れたい人なんて、いない。


「...ok、下ろして。


.......殺したい奴?」



下ろした手を握りしめる。
いつだってこの一年は、殺せんせーと、銃とナイフがあった。私たちは殺し屋。標的は、先生。絆を守って卒業する、それが私達の約束だから。恩師にできる、事だから。



全員が静かに、手を挙げる。



それが答えだった。

何も言わずに足を動かす。横たわっている先生の触手を全員で抑えた。


「...こうしたら、動けないんだよね、殺せんせー...」


莉桜の言葉にニコリと笑った殺せんせーは、握る力が弱いのが心配ですね、と言った。その言葉に、全員がぎゅっと強く握り始める。目の前にある、黄色い手。1年間、たくさん怒られて褒められたその手に触れながら、この一年を思い出した。


「最後は...誰が?」


ネクタイの下にある心臓を、誰が刺すか。
その葛藤の中、1人渚君が立ち上がった。


「お願い皆、僕に殺らせて」


誰も文句はない、寺坂君の言葉に、彼の隣で私もコクリと首を縦に降る。
暗殺教室だったら、渚君が首席なんだから。

彼はゆっくりと殺せんせーの上によじ登り、馬乗りになった。


「さて皆さん、いよいよですね。一人一人にお別れの言葉を言っていたら24時間あっても足りません。細かいことは教室に残したアドバイスブックに書いてきたので、長い会話は不要です。そのかわり...


最後に、出欠を取ります。一人一人、先生の目を見て大きな声で返事をください」


全員に緊張が走る。ドクンドクンとなる心臓の音。


「っと、その前に先に先生方に挨拶しておかなくては」


と、いつもの調子で殺せんせーがビッチ先生や烏間先生に顔を向けた。緊張感が無くなった空気に、少し身体が揺れる。

立っていたビッチ先生と烏間先生が座り込み、殺せんせーとお別れの言葉を交わした。微笑みを浮かべた三人をぼんやりと眺めれば、殺せんせーがこっちに顔を向け直し、もう一度口を開いた。


「...おまたせしました、では皆さん出欠を取ります。ま、まさか早退した人いませんよね?このタイミングで返事なかったら先生自殺しますからね」
「早よ呼べ!!!!」


肝心な時に段取りの悪い殺せんせーに、全員のツッコミが入る。少しだけ柔らかくなった空間に、私は少しだけ肩の力を抜いて、笑顔を浮かべ目を閉じた。


この1年間を思い出す。
暗殺しろと言われたり勉強しろと言われたり、よくわからない事を国は私たちに押し付けたなと内心思ったりもした。

それでも、この一年は濃かった。濃すぎるほどだった。

律を一緒に改良した事。空間処理能力があると褒められ、殺せんせーと共闘した事。自信はなかったけど皆に任されて、指揮も何回か取った。律と一緒にアプリを開発した。

皆と、殺せんせーと、過ごした。

数学が大好きで、数学以外何もなかった私に、色んな成長を与えてくれた。父さんとの和解、自信を持つこと。殺せんせーは、どこまでも殺せんせーで、そして、どこまでも、温かい人間だった。




皆の名前が呼ばれていく。涙をこぼしながら返事をする人、苦しそうに返事をする人。笑顔を浮かべながら、それでも涙を我慢して言う人。


「新稲さん」


私の名前が呼ばれた。
殺せんせーの目を見て、私は口を開く。



過去の答えが貴方を助けてくれる。




それは、殺せんせー、貴方の教訓だったんですね。

私の先を歩く人たちはみんな、学んだ事を私に教えてくれた。
私も、そんな人間になりたいと思う。私も、そんな人になれるように、計算を続けていきたいと思う。

だけど、それを伝えるには時間が足りなすぎた。

だから私は、先生の目をしっかりと見つめて、そして、涙を流さずに言った。




「はい…!」



にこりと微笑んでくれた気がした。

最後の出欠は、全員の名前が呼ばれた後に終わり、そして渚君のナイフがふりあげられる。

殺せんせーを殺す事。殺せんせーと、わかれること。
悲しい、嫌だ。そんな思いであふれそうになる。
ガタガタと震えながら下を向く皆。渚君が、叫びながら振り上げたナイフを突き刺そうとした時。





「落ち着いて」





殺せんせーの言葉に、全員の心が一つになった。溢れる焦りや恐怖は消え去り、残るのは穏やかな気持ち。


そして、ありがとうの気持ち。




殺せんせー、私ね、立派な数学者になるよ。貴方ならそれができると言われたこと、ずっと忘れないよ。
殺せんせーに沢山の自信と勇気をもらったから。私はめげずに計算を続けていくから。数学を好きでよかったと、心から言える時が来たら、また私の頭を撫でてほしいな。





「さようなら、殺せんせー」




「はい、さようなら」




それが最後の言葉だった。




三日月マークのネクタイの下に渚君のナイフが突き刺さる。光がこぼれ落ち、そして数秒後、それは光の粒子となり、殺せんせーの体がはじけた。

ふわりと飛んでいる光を見つめながら、ゆっくりと視線を合わせていく。上に登るそれが、三日月と重なった時、まるで月が殺せんせーに見えた。



「うっ……うっ…」


渚君の鳴き声がこだまする。

それをきっかけに、皆の鳴き声が辺りを響き渡って。誰もが全員涙を流した。

声を上げながら、私も泣く。月を見上げた顔を下にして、涙を頬に何度も何度も流しながら、止まることのないそれに、腕の袖を持っていき何度も目をこする。それでも抑えきれなくなって、口元を手で覆って膝を抱えながら、丸くなった。


「ぅああぁぁ...!!!」


卒業おめでとう。

そう聞こえた言葉が頭に反芻される。

私は何度も何度も声をあげて泣いた。私だけじゃない、皆も同じように声をあげて泣いた。
言葉にならないそれは、きっと皆同じ言葉。





ありがとうございました。






まもなく12時を迎える。椚ヶ丘中学校卒業式の日、一足先に私たちは、暗殺教室を卒業した。


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