2
「カルマくん、不破さん同時に右8列移動!!すぐに磯貝くんも左に5列移動して!!」
殺せんせーのいう、新稲の空間処理能力というものが何なのか、実際のところ俺たちもよくはわかっていない。
数学者の娘だという新稲の頭は、E組内では異常なほどの知能だけれど、それ以外は別に特筆するべきものもなく、運動神経もE組内では普通の方だ。
けれど、今回の暗殺計画を立てるとき、とても役に立ったのは新稲の頭だったりする。
このタイミングで誰々が動いて、ここに誰々が配置すれば状況が良くなる。
そんな予想を何度も確率を出してパターン化してくれたのは他の誰でもない、新稲だった。
俺と速水の二人が狙撃しやすいよう、動きを他で撹乱させて、俺たちが狙撃に集中できるようにと何度も何度もシミュレーションしてくれた新稲。
だからこそ、あのときごめんと謝られたときは、俺たちの方が謝るべきだと思った。
新稲の計算に、俺たちが乗ることができなかったのだから。
「出席番号12番右に1で準備しつつそのまま待機!!」
「4番6番は椅子の間から標的を撮影し、律を通して舞台上の様子を千葉君速水さんに伝達!!」
「ポニーテールは左前列へ前進!!」
「バイクが好きな人は左前に2列前進で!!」
殺せんせーと新稲の声が交互に聞こえる。
この全員の配置をシャッフルさせた上で、しかも殺せんせーと同時に進行させて、全部わかってるというのか?
あの化け物と同じ計算上で、新稲は戦っているというのか?
俺は驚きながら、右のほうにいる新稲を見遣った。
新稲は、目を瞑りながら、右手の指で地面に何かを書いているかのようにして声を上げていく。
本当に頭に入っているのか。この全員の配置を。俺は驚きで目を見開く。
これが、空間処理能力...!!
「最近竹林くんイチオシのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとはまりそうで怖かった人、撹乱のため大きな音を立てる!!」
「うるせー!!なんで行ったの知ってんだてめー!!」
「じゃあ女の子身長150代の人、今いる場所の右の椅子を大きい音で蹴り上げる!!」
「お、から始まる人、3列前進!!」
「プリン食べるのが好きな人、左に3列移動!!」
まるで殺せんせーと新稲の戦いのようにも見えるそれ。
俺は自分の持っている銃を強く握る。この二人の化け物じみた計算通りに、俺は動くことができるのか...!?
「では、新稲さん、あなたのタイミングで狙撃の指示をお願いします。
千葉君、速水さん、新稲さんの計算通りに動こうと思わなくても大丈夫です。新稲さんは今、何度も何度もパターンを考えています」
殺せんせーの静かな声が響く。緊張で死にそうなほどなる心臓の音。
俺は、それに耳を傾けながら殺せんせーのアドバイスというのを聞いた。
「君たちは今ひどく緊張していますね。先生への狙撃を外したことで...自分たちの腕に迷いを生じている。
でも大丈夫。君たちはプレッシャーを一人で抱える必要はない。君たち二人が外した時は、人も銃もシャッフルして、クラス全員で誰が撃つかもわからない戦術に切り替えます。
そのパターンを、先生も、新稲さんも、何度も計算した上で、今、最善の、指揮を取っているのです」
新稲が目をつむったまま、何度か深呼吸をして何かをつぶやいている。
今この瞬間も、計算を続けているのだろうか。
「ここにいるみんなが訓練と失敗を経験してるからできる戦術です。君たちの横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい」
その言葉に、俺も、きっと速水も、心の何かが落ちたような気持ちになった。
「あとは新稲さんの指示通りに動きましょう」
その言葉に全員、新稲の声を待つ。新稲は目を開けると、俺の方を向いて、こくりと首を縦にふった。
次の指示を言ったら、千葉君のタイミングで撃って。
声をのせずに動いた唇は、確かにそう言っていた。
「出席番号12番、立って狙撃!!」
最初に指示されてからずっと準備をしていた菅谷のダミー人形が現れ、そして撃たれる。
その後、小さく聞こえた律の言葉通り、俺は釣り照明の器具を狙い、後援として速水の弾が敵の手首へと当たる。
敵が倒れた瞬間、前の方で待機していた連中がガムテープを手にして駆け寄った。
勝ったのか。
フゥと息をついて立ち上がれば、磯貝たちが俺の肩を叩いてくれて、速水の元にも女子が全員駆け寄っていた。
ニコニコと笑って速水の肩を叩いている新稲の元へ、俺は近づく。
「ありがとう、新稲」
「え!?...こちらこそだよ、千葉くん、速水さん。あとみんなも、私の指示通り動いてくれてありがとう」
律儀にも頭を下げてお礼を言う新稲に、全員の優しい視線が集中し、カルマが声を発した。
「てかよく殺せんせーと共同して指示出せたよね。相談してたわけでもないでしょ?」
「うん。殺せんせーの考えてる配置はどれだろうって計算して、次に誰を動かすのか何度かパターンを計算して、すごく大変だった」
だからあんなに目を瞑りながら何度も指を動かしていたのか。
あれは計算をしていたということだったとは...こいつの数学的な能力は限界なんてあるのだろうか?
「ヌルフフフ、さすがです、新稲さん」
「殺せんせー...いい指揮でしたか?」
「えぇ、最適なタイミング、最適な指示でしたよ。菅谷くんの使い所をすぐに把握できたところが特に」
ニヤニヤと笑いながら、烏間先生の手元でそういう殺せんせー。
新稲はホッとしながら胸元をさする。
「この能力がもしも敵方にあったと考えた場合、皆さんはどう思いますか?」
殺せんせーの言葉に全員ぞっとしただろう。
そんなことがもしも、今回の敵にあった場合、俺たちの位置も状況も何もかもが敵の掌で動かされているということになる。
「これが、空間処理能力です。新稲さんが味方にいてくたことに、感謝をしましょう」
いきなり最大級の褒め言葉を言われて照れたのか、新稲はうっすらと顔を赤くしながら、隣に立っている寺坂の服の裾をそっとつかんでいた。
その新稲の頭を乱暴だけど、それでも労うかのように撫で回す寺坂は、俺たち全員の気持ちを代弁してくれたようだった。
ありがとう、と。
prev next
ALICE+