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「いいのかよ、折角の一軒家」
「いいのいいの」
太刀川がダンボールを持ちあげてそう聞いてきた。彼の言葉に適当に返して、背中を押してやる。諏訪さんと東さんが出してくれた車の中には、どんどんダンボールが積まれていった。外は晴天。今日はとても晴れていた。
「赤坂さん、これ持ってっていいですか!」
「嵐山君ありがとう、お願い!」
リビングにいる嵐山君が大きい声をあげる。二階から同じように叫んで答えたら、太刀川がまた階段を上がってきた。
「迅が下にいるぞ」
「来てくれたの?」
「レイジさんも一緒にな」
「嘘、挨拶しないと」
「お前ほんと好きなレイジさん」
「諏訪さん世代の人達って格好良く見えるよね」
「おいおい、俺を前にして言うか」
雑巾で床を拭くのをやめて立ち上がり、再びダンボールを何個か持たせて、太刀川の背中を押して歩かせれば、彼は首だけをこっちに振り向かせてにやりと笑った。お前がかっこいいなんて思ったことねーよ馬鹿と最後に付け足して、蹴ってやった。
私はこの家を、引っ越すことにした。
弟や両親との思い出が残ったこの家を。
四人で過ごした10数年の思い出と、さようならをすると決めたのだ
自分の部屋と両親の寝室の確認を終えて、最後に弟の部屋に入った。大好きだった弟の部屋。私のヒーローの、部屋。
彼がまだ小さい頃は一緒に寝てあげたりもした。小学校の頃は勉強を教えたり。
私がいじめられて泣いてる時はこの部屋の真ん中で私のことを抱きしめてくれた。
姉ちゃん。大丈夫だよ。
あの木漏れ日のような声でそんなことを言ってくれた弟が、私は大好きだった。
いつもその小さい背中や手から、どこからこんなに安心できる力が溢れるのか不思議だった。終ぞ、その解明は叶わなかったけど。
壁に貼られてあったポスターに、私と二人で撮った写真達。弟はレイアウトが大好きで、いつも写真をおしゃれに貼っていた。そんな所も、私とは正反対だったな。懐かしい。
私は笑顔を浮かべて、部屋の扉を閉じた。
階段を降りて一つ一つ部屋を確認していく。ものは一つも残っていない。この家とついに、おさらばする時がやってきた。
リビングにおりて、玄関に立っていたのんが、私に気付いてこちらを振り向いた。
「こっちはあらかた終わったわよ。真琴の方はどうかしら?」
「うん、終わったよ。東さん車出すかな?」
「えぇ、先に出るみたいよ」
「じゃあこれ、私の新しい家の鍵だから渡しておくね」
のんが手を伸ばしてそれを受け取る。弟が作ってくれたお守りがついている鍵。それを受け取ったのんが、クスリと笑った。可愛いわね、なんて言われて少し恥ずかしい。
昔からこの子は変わらない。このミステリアスな微笑みに、口元にある黒子がとても色気があって。高校生の頃に初めて出会ってから、彼女は私の自慢の友達である。
「わかったわ、先に行くわね」
「うん、ありがと」
のんと一緒に家を出た。先頭に止まっている東さんの車にのんが乗り込み、東さんが先に行ってるぞと笑顔を浮かべて発進する。
その後に続けて、諏訪さんの車が出ていった。
この家は、取り壊すことに決まっていた。近界民の被害ということでローンの返済は元々なかったし、ずっと住もうと思えば住むことはできたけど、いつここが警戒区域になるかもわからなかったから。
あとは、家族の思い出が深いこの家で、一人でずっと生きていくのも、もう嫌だなと思ったのだ。
忍田さんと仲直りをして、あの時のことを吹っ切ることもできて、前に進みたいと思った。ずっと誰かのせいにする人生なんて嫌だった。もう、私は生きていけると思ったのだ。
弟のいない人生を。弟を守れなかった過去を。次はもっと、多くの人を助けられるように。私はきっと、強くなれると。
弟がそこにいるように見えた。私を見つめている気がする。もしかしたらあの太陽のような笑顔で、また言っているのだろうか。
『生きて』
と。
「真琴、いけるか」
最後に残っているのはレイジさんの運転している車だけ。中にはレイジさんと迅君が乗っていた。
レイジさんか運転席から私にそう声をかける。私は車に近づいて、コクリと首を縦に振った。
「お待たせしました」
「赤坂さん、助手席乗ってくれる?」
「うんわかった。よろしくお願いします、レイジさん」
「あぁ」
ダンボールが詰め込まれた車の後部座席に迅君が座っている。わざわざ玉狛の人たちまで来てくれるなんて、ありがたい。引越し作業が終わったら全員に何かお礼をしないとダメかもしれないな。迅君が烏丸も来たがってたよとか言ったけど、流石に高校生達には来させたくなかったのでそれは思いだけを受け止めた。
「赤坂さん」
「ん?」
車が発進した。シートベルトをつけてサイドミラーから家が消えるまで眺めていれば、後ろに座っている迅君が話しかけてくる。何?と声をかければ、彼はサングラスを取りながら、ミラー越しに私に目を合わせた。
「ありがとう」
「え?」
「メガネ君を助けてくれて」
「…それは結構前にも言われた気がするけど」
大規模侵攻が終わった後、迅君からはたくさんお礼を言われた。三雲君を助けてくれてありがとう。私がいなかったら、最悪なパターンが起きていた、と。
彼は何度もお礼を言ってくれていたのに、また言われるなんて。
「それでもだよ、本当にありがとう」
「真琴も言われていたのか」
「迅君の未来視通りかはわからないですけどね」
レイジさんも迅君に頼まれていたのかな。
同じように暗躍するのは大変でしたね、なんて言えば彼はくすりと笑ってくれた。
「迅君、こちらこそありがとう」
きっと私を救う何かになるとあの時彼は言っていた。実際にその通りになったのだから、お礼を言わないと。迅君はそんな私にニヤリと笑みを浮かべてサングラスをかけなおした。
「真琴、新しい部屋はどうだ」
「いい感じです。ずっと一軒家だったから部屋の掃除が楽です」
「真琴は真面目だな」
忍田さんは笑いながらそう言った。
あの時から、私は忍田さんと普通に話すようになった。その姿を、よくいろんな人が驚きの表情を浮かべて見るようになった。まぁ、そりゃそうか。あんなに忍田さんに冷たく当たってたのに、急に普通に話すようになったし。
沢村さんなんて、泣きながら仲直りしたんだねって喜んでくれた。いや、まぁ...喧嘩してた訳ではないんだけどね。
忍田さんのいる司令室で、忍田さんの机の前で私達は話していた。沢村さんが忍田さんを好きなのは知ってるからもちろんそこそこに、だけど。
私なんかに嫉妬はしないだろうけど、自分の好きな人が女性と話してたら嫌なもんでしょ。
「慶の隣の部屋なんだろう?大丈夫か」
「うーん…今のところは。ご飯たかりにくるのめんどくさいから、今度ご飯連れてってあげてくれません?」
「はは、わかったよ。お前達も成人したしな…飲みに行こうか」
「太刀川に伝えておきますね、喜ぶと思うし」
最後に忍田さんに手を振って、私は司令室をでた。
忍田さんにもらった資料を手にして、ボーダーを歩く。自分の隊室に向かって行けば、途中で三雲君にあった。誰かに用でもあるのかな。隣には空閑君がいる。
「お姉さん」
「赤坂さん!」
そういえば空閑君とはあの病室以来だ。変な分かれかたをしてしまったあの気まずさを思い出して、二人が呼びかけてくれたことに甘えて私は足をとめた。
「三雲君、空閑君久しぶりだね。三雲君、もう体調は大丈夫?」
「はい、ご心配おかけしました…ずっとお話ししたかったんです」
彼らに近づいて、首を傾げる。空閑君が私の顔を見上げて、お姉さん今日の服いつもと違うね、と言った。いつもはトリオン体なのに今日は私服だからかな。彼らは制服を着ていた。
「あの時はありがとうございました。赤坂さんがいてくれて、本当に良かったです」
三雲君が頭を下げる。びっくりしたのだ。まさか彼にお礼を言われるなんて。隣に立っている空閑君が私の顔を見上げて、にやりと笑った。
「だから言ったでしょ、お姉さん」
空閑君の言葉に笑って、私は三雲君の頭をそっと撫でた。私なんかに頭を下げる必要はない。ヒーローのような君に、頭を下げられるような人間じゃない。だけど、ありがとうと言ってくれた三雲君に心が温かくなった。
「どういたしまして。空閑君も、この前はごめんね」
「ふむ?よくわからないけど、いいよと言っておくよ」
「あはは、なんだそれ」
面白い子たちだ。真面目な三雲君に、雲のようにふわふわしてる空閑君。意外に良いコンビなのかもしれないな、と思った。
私は寄るところがあるからと二人に手を振って自分の隊室に向かった。前もって、全員に集合するように伝えてあったから、多分、メンバーはいるはず。
ドアを開けて中に入れば、こたつに入ってみかんを食べているヒカリの後ろ姿と、同じようにみかんを食べてるユズルがいた。カゲとちーちゃんはこたつに入らずその近くで座ったり寝転んだりしてる。
「お!真琴!聞いたぞ!勝手に動きやがって!」
「いつもは単独行動禁止するの真琴さんじゃん…」
二人は私を見て怒った。あはは、と乾いた笑い声を出してごめんねと謝り私もこたつに入る。私が来たことに気づいたカゲが起き上がり、私の名前を呼んだ。
「何の用だ今回は」
その言葉に、私は胸に抱えていた資料を皆に見えるようにこたつの上に広げた。
上から見下ろす四人に、私は明るくこう言う。忍田さんが私にくれた資料だ。良かったな、と言ってくれたこれ。内容はズバリ。
「影浦隊の謹慎が解けました!」
その言葉に、まずはヒカリが腕を伸ばして叫んで、ユズルが安心したように息を吐き、ちーちゃんが泣きながらカゲの肩を掴んで揺らした。
肝心のカゲは、何ともない表情を浮かべていたけどちょっとだけ、嬉しそう。
一様の反応を示してる皆を見ていれば、ちーちゃんの手から解放されたカゲが私のことを見ている。何?と聞けば、彼は舌打ちをして私から視線を逸らした。
「その感情やめろ、痒い」
あぁ、私の嬉しいという感情が刺さったのかな。可愛いところもあるものだ。カゲは小さい声でそういうと、こたつの上にあるみかんに手を伸ばして、私の隣に座ってきた。なんだかんだ嬉しいくせに。そういえば、カゲは照れ隠しかのように私の頭を叩いてきた。
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