成人式に参加する話

成人式は、出たくなかった。見せる人なんていないし親も弟も親戚だっていない身で、誰に見せろと言うんだよ。太刀川や、のん、二宮君に堤君、来馬君でさえ出るのに。私は一人出ないと、去年のうちから伝えていた。

「本当に出ないの?一生に一度よ?」
「うん、いいの」

この副作用のせいで虐めてきた中学の人や小学校の人には会いたくない。高校の人には会いたいけど、まぁ別にそれはそれで良いかなって。のんは美人だから着飾れば綺麗だろうけど、私は着飾る必要もないし。

成人したよと伝えたい相手も、近くにはいないし。

「俺の母親、お前の写真撮る気満々だけど」
「太刀川のお母さんには申し訳ないけど、出ないって伝えておいて」

皆が羨ましいわけじゃない。あの四年半前の侵攻で家族を亡くした人も亡くさなかった人もいる。全員等しく大変な思いをしたのだから、誰がどれだけなんて事はない。
皆はお祝いしてくれる人がいる。お祝いしてもらえる立場にある。それは少しだけ羨ましいけど、まぁ私も同じ二十歳だし。そこは変わらないんじゃないかなって、少しドライな気持ちを持ってるだけだ。

二人の顔を見ながら、苦笑をこぼす。後ろにいる二宮君でさえこっちを見てる。堤君と来馬君は変わらず優しい顔だけど、少しだけ残念そうだ。私を見てるその目が、ほんのちょっとの憂いを帯びていた。

「えーめっちゃ楽しみにしてんのに、どうやって伝えよ」

太刀川のお母さんには本当にお世話になった。高校一年の入りたてのあの歳で、親も家族も全員死んでしまった私の、親代わりとなってくれた人だから。

ボーダーに入ったのはお金が欲しかったから。
任務に出ればお金をもらえると聞いたから。
忍田さんがいたから。

あの人の近くに行って、いつかあの人を殺してやろうと思っていたから。

そんな私の荒んだ生き様や生活を正してくれたのが、彼のお母さんだった。お世話になった。授業参観にだって来てくれた。

そんな人に晴れ姿を見せられない事は申し訳ないと思ってるけれど。それはもう、別に良いのだ。

「お金もないしね」

ボーダーからもらってるお金は全部生活費と学費に消えている。自分の晴れ着を借りるお金も、写真を撮るお金さえない。皆と一緒に出れない事は悲しいけれど、仕方ないのだ。

私自身は特に悲しんでるつもりもなかった。寂しいと思ってるつもりも。
まぁ見せてあげたかったなとは思う。親にも弟にも。見せる人がいないのだから。夢の中ででも、成人したって報告するよ。そう笑いながら言った私を、のん達は少し悲しそうな顔で見つめていた。






「真琴!こっちに来なさい!」
「のん、待って〜」

大規模侵攻のせいで、成人式は先延ばしにされた。やっと復旧も終わって、ランク戦も中盤に差し掛かった二月の某日、私はのんに引っ張られながら歩きにくい草履に悪戦苦闘していた。
着物の帯がきつい、裾が狭いせいで足も動きにくい。首元にある白いモコモコがくすぐったくて、くしゃみが出る。

普段つけない口紅から、苦い味がして変な気分だ。

「東さん、真琴連れてきたわ」
「あぁ、加古ありがとう。」

今日は、ボーダー隊員限定の成人式の日だった。成人したのは私達だけ。ほとんど高校生ばっかりのここで、成人を迎える私達だけのためにこのイベントを設けたなんて、少しやりすぎじゃないかなと思う。
それなのに、東さんや風間さん、レイジさんまでもがスーツを着て。迅君や嵐山君までもが嬉しそうな顔をして、私達のことを見ていた。

「赤坂、成人おめでとう」
「ありがとうございます…」

恥ずかしい。のんはいつも綺麗だからその晴れ着姿も似合ってるけど、私はこんなに煌びやかな着物を着慣れていないから、少しだけ。口紅だっていつもつけないから恥ずかしい。少しだけ俯きがちになりながら、こっちを優しそうな表情を浮かべて見ている東さんを、チラリと見てみた。
彼は少しだけ、なんだか嬉しそうな顔をして、私の頭を優しく撫でる。

「お前も、もう二十歳なんだな」
「あはは……ね、びっくりですよ」

こんな少人数の成人式のために、高校生たちまでもがきちんと正装していた。スーツ姿の太刀川に、出水君たちが爆笑している。後輩に慕われている来馬君と堤君も、高校生達に囲まれている。隊服もスーツの二宮君は、あまり差が感じられなくて、唯一着物を着ている私とのんが、なんだか少しだけ浮いている感じさえしていた。

「真琴」

東さんの後ろから、忍田さんがやってきた。同じような、こっちが泣きたくなるぐらいの優しい笑顔を、浮かべて。スーツを着ている忍田さんが私の肩に手を置いた。

「おめでとう、真琴」

成人してる姿を見ることが出来て、嬉しいよ。

出会った時は16歳だった。高校一年生の思春期真っ只中の私を、思い出しているのだろうか。東さんも忍田さんも、あの時の私がこうなるなんて、とでも言いたげに、何かを思い浮かべている。

毎日辛かった。憎くて憎くて仕方なかった。皆には家族がいて、私は全員を失って。目の前で弟が死んだ時、現れた忍田さんに、全ての恨みをぶつけて。二十歳にもなって、どうしてもこの過去から離れられない私が、この前までは嫌いだった。

今は笑顔で、この人の前に立っていられる。

「忍田さん、今まで沢山、ご迷惑おかけしました」

頭を下げた。隣に立っているのんが、私の手をぎゅっと強く握ってくる。息を呑む音が、忍田さんと東さんから聞こえた。たくさんたくさん、謝りたい。

高校に通わせてくれたのも、大学に進学しておけと進言してくれたのも、親のいない私の、親代わりになってくれていたのも、忍田さんだったのに。

ごめんなさい、ありがとう。忍田さんにやっと伝えられる、素直な感謝を私は彼に告げた。

「20歳になるまで、見放さないでいてくれてありがとうございます」

忍田さんは、何も言わずに。少しだけ顔を俯かせて目頭を掴んでいた。




プチ成人式は無事に終りに近づいていた。迅君が柄にもなく褒めてくれた晴れ着姿を、太刀川が親に見せると言って何故か単体で私を撮りまくって。年下の女の子たちに囲まれながら写真を撮って、忍田さんと2人で撮って、謎に二宮君と2人で撮って、そんな私達を笑いながら、諏訪さん達が一緒に写真を撮ってくれた。

自分が思ってる以上に、成人式というのは楽しいものだった。参加する予定じゃなかったのに、今こうやって出来たことを嬉しいと思ってしまうほどには。

「真琴ちゃん、成人式おめでとう〜!」

ある程度の人達と写真を撮り終えた後、自分の隊員の子達が私を手招きしているのに気づいた。珍しくちゃんと制服を着てるカゲの隣で、ちーちゃんが泣きながら笑ってる。

彼の隣にはヒカリがいて。彼女もまた、なぜか泣きながら笑っていた。

「真琴〜!綺麗だぞ!振袖!」
「ありがとう、ヒカリ」
「真琴さんおめでとう、よかったね成人式出れて」

ユズルの言葉に、頬をかく。出たいと言ってはいなかったけど、出ないよとは伝えていたから。気を使わせていたとしたら、年上として少し申し訳ない気持ちだ。

「カゲが何も言ってくれない」
「あ?ゾエ達が言ってるからいいだろ」

成人式は、私達のために豪華な料理も置かれていた。主役じゃない高校生達も楽しめるように。散々たらふく食べ切ったのか、あくびをしながらカゲが壁に寄りかかりながら、そんなことを言った。

「素直じゃないなーカゲは」
「そうだぞ、カゲ。他の男子達がいう前に今のうちに言った方がいいぞ!」

こっちをチラチラ見てくる周りの隊員達には、後で挨拶に向かうとして。カゲは舌打ちをこぼしながら、マスクを下げて私を睨んだ。

「似合ってる」
「……おぉ、あのカゲが……」
「ゾエさん嬉しいよ」

ちーちゃんと2人で感激していれば、カゲはまた舌打ちをして、マスクの中にその口を隠してしまった。照れ屋さんな人だ。そんなカゲと、他の隊員達に向けて、私は笑顔を向ける。

こんな私を隊にいれてくれた事。優しく迎え入れてくれたこと。いつも、仲良くしてくれること。1人だけ歳が離れてるのに、慕ってくれて、優しくしてくれて、副作用で苦しんでるたびに全部抱えてくれること。

弟のことを何も伝えていないのに、何かに悩んでる私を、何も言わずにそばに置いてくれたこと。

全部全部、この子達の優しさのおかげだ。年下の子ばかりの中で、弟と比べない事の方が難しかった。あの子が生きていたら。あの子がもしもボーダーに入っていたら。あの子が、私のそばにいたのなら。

そんな事ばかりを考えていたのに、隊員のこの子たちはいつだって、私に優しくしてくれる。

それが本当に、嬉しかったんだよ。

「ありがとう、皆」

私を影浦隊に入れてくれて、ありがとう。
成人してる私を、置いたままにしてくれてありがとう。

わざわざこうやって参加してまで、私の成人をお祝いしてくれて、ありがとう。

普段は見慣れないほどの濃い化粧と振袖を、彼らの前に見せるのが、少し恥ずかしかった。だけど、ヒカリのキラキラした瞳とか、ちーちゃんの優しい目つきとか、ユズルの珍しいほどのゆるい笑顔とか、カゲの、ただ何も思わずに私を見てくる目とかが。

全部全部、嬉しかった。

「赤坂ー!電話!俺の母親!」

遠くから太刀川の声が聞こえた。私の名前を叫んでる。そっちを振り向いて、今向かう!と叫んで走り出そうと足を蹴った。それと同時に、私の腕に伸びる手が4本。ヒカリ、ユズル、ちーちゃん、カゲ。隊員全員のその手が私を一瞬だけ引き留めて、ちーちゃんの身体にダイブさせられた。

太陽のような匂いのするちーちゃんに包まれて、私ごとちーちゃんに抱きつくヒカリとユズル。そんな私の頭に手を置いて、撫でるだけのカゲ。

「「「「おめでとう」」」」

小さく呟かれたその言葉が、あまりにも嬉しくて。そして少しだけ、弟の声と、重なった。

あとで隊室来いよ、ちゃんとお祝いの品買ってるから。そうヒカリが言った言葉に、嬉しさで涙を少しだけ浮かべながら、ちーちゃんをぎゅっと抱きしめて首を縦に振る。

あぁ嬉しい。幸せだ、私は。

弟と、親に見せてやりたい。

ちゃんと、成人を迎えたよ。こんなに素敵な人たちに囲まれて、生きていけてるよって。
夢の中でもいいから、ちゃんと報告して、安心してもらいたい気分だった。




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