母の日の話

母の日は何をするの?と言われても、もうすでに母親がいない今の私に聞かれても困るもので。天国にいるだろう母親へ私も20になったよと心の中で伝えるぐらいしかできない。

そんな事を考えてる私とは別で、ボーダーは今日も平和に、皆して親に何をあげようかと陽気に話していた。

学生ながらにお金を貰える立場だもの、親に何かをあげたくもなるか、と。私と同じように親を亡くしてる子もいるけどまぁ、そういう子達でさえも笑いながら話をしてるから、ここにいる子はだいたい年齢以上のメンタルを持ってるようだった。

「ねえ、太刀川」
「ああ?」

親を亡くした私にとって、母親代わりになってくれた人がいた。父親代わりになってくれた人がいた。

高校生特有の反抗期は無かったけど、どうしたら良いのかわからない黒い渦を的確に指摘して取り除いてくれた人。

それは太刀川のお母さんだった。

一緒にボーダーに入って一緒に忍田さんに弟子入りして一緒に修行して。勉強を疎かにする太刀川のせいで何回忍田さんに見てやってくれと言われたか。何回太刀川の家に行ったか。何回お母さんにご飯を食べさせてもらったか。

高校を卒業した時、泣いてくれた。大学に入学したときも泣いてくれた。成人した時でさえ、あの人は私に笑顔を向けてまるで私を娘だと思っているかのように、泣いてくれた。

「これ、太刀川のお母さんに渡してくれない?」
「あぁ、いつもの母の日のやつ?」
「うん」

太刀川隊にいなかったせいで探すハメになった。何かに浮かれてる子達が多い中食堂に向かって歩けば、案の定太刀川は風間さんや諏訪さんと何かを食べていた。今の時間ならお昼ご飯か?14時半というなんとも言えない時間にラーメンを食べているのは、私なら少し考えられない。

四人テーブルで三人で座ってるからかたまたま一席空いていたそこを、諏訪さんが顎で示す。座れば?と言われたその言葉に甘えて、太刀川の隣の椅子を引っ張って座った。

「太刀川の母親にか?」
「はい、毎年あげてるんです」

不思議そうな顔をする二人を見て、太刀川が麺を啜りながら、私の手にあるプレゼントを奪い取った。

「俺の母親、こいつのこと娘だと思ってっから」
「娘…?」
「あーほら、私第一次近界民侵攻で親亡くしてるから」

それを言ったときの諏訪さんの顔ときたら。思わず笑いそうになった。風間さんは相変わらずだったけど、少しだけ目が光ってる。この人は冷たいように見えて情に熱い人だから、優しいもんねって笑いかければ、風間さんはふいっと私から視線を外した。

「たまには会いに行けば、会いたがってんぞ」
「うん、会いに行きたいけど、まぁ……なんか恥ずかしいし」
「今更じゃん」

太刀川のラーメンを啜る音が聞こえる。頬杖をつきながらそれを眺めて、太刀川の母親へ買った小箱が彼のジャケットのポケットに入るのを見届ける。

買ったのは、ネックレス。太刀川にはセンスのセもないから、アクセサリーなんて物をあげたことはないだろう。だから私が買ってあげるのだ、いつまでも綺麗でいてねと伝えるために。

「太刀川の母親ってどんな人なんだよ想像つかねぇ」
「それ言うなら諏訪さんもだろ、風間さんはなんとなくわかる」
「どう言う意味だ」

太刀川の言葉にたしかに〜と相槌を打って、そうだなぁと考えた。太刀川のお母さんを一言で表すなら多分豪快な人。あの太刀川を育て上げた人だ、性格は素晴らしい。後、超絶優しい人だ。

血の繋がってない、孤児の私を優しく受け止めてくれた人だから。

「…太刀川のお母さん、優しいですよ。私のこと娘みたいに扱ってくれるし」

ぽつりぽつりと呟き始めた私に、風間さんと諏訪さんが視線をよこした。

「ご飯がいつも美味しくて、高校の時はよくお弁当も作ってくれました。たまにね、本当にたまになんですけど、家族の夢とか見るんです。お母さんとお父さん、弟がいて」

最近は見なくなった夢だ。

家族が全員死んでしまって、どうしようもないぐらいにあの大きい一軒家で一人寂しく過ごしてた時。毎日でもなく不定期に現れる家族が、太刀川のお母さんとお話をしてる夢。
太刀川のお母さんと、母親が笑顔でお話をしてるのだ。真琴がいつもお世話になってますって頭を下げて、そんな母親に同じように頭を下げて「真琴ちゃんには慶こそいつもお世話になっていて」そんな会話をしてるのを、ただそばに立ちながら眺める夢。

太刀川のお母さんと、私のお母さんが向かい合って話してる。私のことを話してる夢。

「…太刀川のお母さんが、私の母親に私の現状報告とかするんです」

最近テストの点数が悪かったみたいで、慶に泣かれちゃったみたいで、そんなことを言った後にあらあら、なんてこっちを見てくる母親と父親。弟に至っては少し心配そうに見てきて、でも私だけは話せない、そんな夢。

「その度に、お母さんがありがとうって太刀川のお母さんに頭下げるんです」

私は恥ずかしいからやめてって言うんだけど、二人ともニコニコ笑って私のことを話すの。
枝毛のある毛先を眺めながら、小さくつぶやく私を風間さん達は黙って見ていた。

「私の母親は小さい時の私のことを話して、太刀川のお母さんは今の私を報告するんです。それがなんか、寂しくて」

あぁ、お母さんはもう今の私を知らないんだなって。こうやって教えてもらわないときっと、わからないんだろうなって。そう思うと涙が出てきて、気づいたら目が覚める夢。

「…最近見ねーじゃん」
「うん、大人になったからかもね」

太刀川にだけは言ったことのあるこの夢は、多分忍田さんでさえ知らない事のはず。それを風間さん達に話してる時点で結構吹っ切れてることは理解してた。

最近見ないのはきっともう、私の心が追いついて、家族がいなくなった事の寂しさとかを取っ払えたからなのかもしれない。たまに会いてくなる。たまに泣きつきたくなる。たまに、どうしようもなくそばに居ない親を嫌いになる時がある。

その度に太刀川のお母さんは私を呼んで、「真琴ちゃん」と凡そ太刀川の親とは思えない程の優しい声で名前をつぶやいてくれる。

血は繋がってない。犬猿の仲とまではいかないけど、デリカシーもなくて何回ぶっ殺そうと思ったか分からないほど憎たらしい人間の親。それでも、あの人には今まで何回も何回も助けてもらった。

「変な話してごめんなさい、母の日だから何か感傷に浸っちゃった」
「別に、お前そう言うの話さないしな」
「たまには話せ、太刀川以外にも頼った方がいい」

諏訪さんと風間さんはそういうと、私の頭に腕を伸ばした。優しいじゃんなんてタメ口で言ったら、そのままおでこを指で弾かれたけど。

「今日は久々に夢見れそうな気がする」
「そうか、ならお前も話せるといいな」

風間さんが珍しく笑っている。私を見て、その口角をうっすらとあげてる。諏訪さんなんてちょっと照れ臭そうにあっちの方見てるし。こっち見ろよ、目合わせろよ、何ちょっと年上感だしてんだよって言ってやりたかった。

「俺達のことも話せよ、真琴の優しい優しい先輩ですって言えよな」
「絶対やだ」

諏訪さんの言葉に即答したら、この場にいふ四人全員が、お腹を抱えて笑った。
ああ、楽しい。最近夢を見なくなったのは、私が寂しくなくなったからなのかな。弟がいつも心配した顔で私を見てたのも、きっとそう言う事なのかな。

もしも今日その夢を見たら、次は親に何で言おう。弟になんて伝えよう。もう大丈夫って伝えようか。本音を言うならまだ大丈夫じゃない。父親代わりになってくれた忍田さんとやっと和解したばかりだと言うのに、もう大丈夫だなんて言えるわけがない。

それなら、言うことはただ一つだけかもしれない。

途中で側にいてくれなくなったお母さん達を、何回だって呪いたくなった。戻ってきてと泣きつきたかった。味方でいてくれた弟に会いたかった。

それでも今はこうやって、仲間や友達に笑いながら家族のことを話せてる。そんな人間になれたのは太刀川のお母さんのお陰だし、そんな人達に出会えたのは、お母さんが私を育ててくれたからだ。

ありがとうって、伝えないと。
産んでくれて、ありがとうって。

「諏訪さんもちゃんと親に言いなよ」
「いつも言ってるわ」
「「「嘘だ」」」

風間さんと太刀川と私の声が重なる。ぐっと息を詰まらせた諏訪さんが、堪忍したように息を吐いた後、「わかったわかった」と手をひらひら振って笑った。

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