彼女を欲しかった理由


いつだったか、初めて雪を見た日、俺は衝撃を受けたのを覚えている。
あの戦闘狂と無理やり戦わされているそいつは、どっかのバカとは違って10発10中当てる確かな狙撃率だった。
狙う場所は必ず急所で、少ないトリオン量でも十分戦える戦術。


「(あいつ...確か研究室に出入りしてる...)」


自分より一つ下のその女、井伊雪は、高校三年になってからよく隣の研究室に出入りをしている人物だった。


「なー颯」

「あ?」


冬島さんの元で共に働いている同じ隊の拓がある日、こういったのを覚えている。


「隣の研究室に出入りしてるあの高校生、いい狙撃手だよな」

「そうだな」

「あの子どこにも隊に入ってないんだと。狙撃手ってまだそんなにメジャーじゃねーもんな」


つまり、拓が言いたいことはただ一つ。雪をスカウトしよう、ということだった。

俺らは当時まだ二人の隊で、技術員として冬島さんの下で働いている時の方が多かった。

戦闘員としてこの組織に入ったが、そもそも戦闘員になりたくて入ったわけではなかったのが俺たち二人だ。
そして、同じく戦闘員になりたくてボーダーに入ったわけではない、研究室に出入りをしている雪という存在。

俺たちの見解は一致だった。同じような人間の、命中率が高い狙撃手を隊に入れる。
そうすれば、戦闘員としても俺たちの役割の振り幅は大きくなるのではないのか。


そうと考えれば行動は早かった。


研究室から出てくるところを狙って拓と二人で雪を待ち伏せし、隊に入らないかと何度もスカウトした。

その時、どこからも引っ張りだこで人気の高かった太刀川と同い年のせいで、なかなか雪という腕のいい狙撃手は注目されていなかった、と東さんからきいた。


最初は何度もスカウトに来る俺たちに嫌な顔を向けたりあからさまに避けたりしていた雪。
注目されていないなら注目されないままでいたい、というのがあいつの考えらしかったが、こっちからしたらそんな考えは知らん。

隊としても研究者としても、腕のいいやつを入れたいと考えるのは人として当たり前のことだ。


ある日、いつも通り雪をスカウトするために拓と二人であいつが来るのを待っていた時、雪の隣にいる当真という男がこういったのだ。
今でこそ当真は雪のことが好きで常に隣にいるというイメージは付いているが、当時のこいつは誰かに雪が取られるとでも思っていたのか、他の男が雪に話しかけに行くたびにまるで親の仇かのように突っかかっていたそれはそれは面倒くさい人間だった。


「最近小早川さんたち、雪さんに話しけすぎじゃないっすか?」


まだその時は敬語を使っていた当真に拓が笑いながら返答した。


「スカウトしてっからさ、俺たち」

「スカウト...?」

「そ、いい加減固めてくれたか、井伊?俺らの隊に入ろうぜ?」

「高梨さん...」


拓にニコニコと笑みを浮かべながらそう詰め寄られる雪が少し困ったように俺を見た。俺は拓の頭を少し叩いてやり、息を吐く。


「井伊、俺の隊に入れ」


そう一言いえば、当真が突っかかってくるから、いつも当真がいない時間を狙っていたんだが、案の定当真はムッとした顔で雪の腕を掴んでいた。まるで子供だな。


「...雪さんの狙撃率が高くて、即戦力になるからスカウトしてんすよね?」

「まぁ端的に言うとな」

「じゃあダメっす。雪さんはいずれ俺と同じ隊になるんで」

「お前も狙撃手だろうが」

「狙撃手二人はダメなんてルールないじゃないすか」


まぁ今となっては狙撃手しかいない隊だってあるし、まず何より冬島さんのトラッパーという特殊なものだってあるし、何とも思わないだろうけど、当時はまだまだ狙撃手はマイナーなものだった。


「どうしても雪さんじゃないとダメだっていう理由教えてくださいよ」


なぜそれを当真が言うのかと俺も拓も思ったが、あまりにも俺たちを睨んでくるものだから、俺は思わず口を噤んだ。


「ないじゃないっすか」

「おいおい当真、お前がそれを聞いてどうすんだよ」



拓の言葉もごもっともだ。
雪はというと、慌てながら当真をなだめたり、俺と拓の顔を何度も見ていた。



「...お前は、どう思ってる」

「え?」

「お前と同期の太刀川はすでに高ランクの攻撃手だ。お前だって高ランクに行けるだけの技術はもってる狙撃手だろ。なぜ隊に入ろうとしない?」

「...狙撃手は、攻撃手に比べてマイナーで、あまり戦力にならないポジションです。それに私はトリオンが人より少ない。すでに攻撃手が二人いて大きい戦力のある小早川さんたちの隊に、なぜ私が必要なのかがわかりません」


なるほど、注目されるのが嫌で俺たちのスカウトを断っていたわけじゃなく、自分なりの考えで疑問を持っていたということだったのか。


「そんなん当たり前じゃん、な、颯」

「あ?」


拓は馴れ馴れしく俺の肩に腕を回す。
無理やり引かれていらついたが、すんでのところで舌打ちを止めた。


「俺たちがもっと動きやすくなるためには、後方の援助が必要だろ」

「つまりな、颯が言いたいことは、俺たちの隊がもっと高ランクに行くためには、井伊の力が必要なんだよ」

「攻撃手の太刀川じゃない、狙撃手の、お前の力が必要だ」


その言葉があいつの中でどう変化をもたらしたのかはわからない。
だけど、確かにそれを言ってから、雪の態度は変わった。

当真のやつも渋々といった形で、雪が俺の隊に入ることを受け入れたようだった。

あの当真の過保護というか束縛というものは何なのかよく分からないが。
今でももしかしたら、あいつは雪を自隊に入れようとしているのかもしれない。

それを表すかのように、自分の隊室に雪を連れ込んでは離そうとしない姿を何度も見ているし、雪を呼び出せば少し睨見ながらこっちをみるのも昔から変わらない。

俺たちはそれを苦笑でかわしてはいるが、一体いつになったらあの二人のあの攻防は収まるのだろうか、と。今はそっちの悩みを抱えていたりする。



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