01
ぐうたら。わたしは今人生で一番の幸せを噛み締めている。テーブルにジュースとお菓子、ソファに寝っ転がって好きな本を読む。部屋は暑くなく寒くなく、時折窓から入る風が気持ちいい。こうやって1日ゴロゴロして過ごすのがわたしにとって1番の幸せなのだ、いやー最高。…あ、飲み物終わっちゃった。冷蔵庫に何入ってたっけー?
読んでいた本に栞を挟んで立ち上がろうとした時、扉がノックされた。
「なまえちゃん、いますか?」
「いるよー」
控えめに扉を開けて入ってきたのは小鳥遊紡ちゃん。今年の春高校を卒業したばかりの可愛い女の子だ。ほんと可愛い、そんなふわふわした服似合う子君以外知らないよわたし。
「あの、なまえちゃんには先に言っておかなくちゃと思って。お父さん…あっ、社長から聞いてると思いますが、明日この寮に7人入寮します」
「えっ?」
明日入寮?
なにそれ、聞いてない。ポカンとするわたしに、紡ちゃんは首をかしげた。
「聞いてませんか…?」
「いや、うん、今初めて聞いた……。そっか、うん、わかった」
この寮に人が入る。
わたしはこの寮の維持管理を任されていた。人が住んでいなかったから、いつでも人が入れるように。でも明日から人が入るってことは、わたしの仕事は終わりってこと。つまり…この寮ともお別れである。
もっと早く教えてもらいたかった…っていうか改修工事終わったばっかりで、荷物をようやく全部開けたとこだったのにまた纏めないといけないのか、めんどくさいなあ。ハァ、とため息を吐いてから、紡ちゃんに笑いかけた。
「ありがとう、頑張って支度するね」
「え? あ、お願いします」
頭を下げた紡ちゃんは、「仕事があるので、失礼します」と言って帰っていった。残されたわたしはもう一度ため息をつく。スマホを取り出して、頼れる友達にラビチャを送った。
* * *
「なまえちゃん、おはようございます」
「おはよー、紡ちゃん」
翌日。紡ちゃんから入寮者が来る時間を教えてもらったわたしはその時間までに最低限の荷物を纏めて、リビングで待っていた。
自分はここを使わないから、なんか落ち着かないな…。
暫く友達とラビチャで話しながら時間を潰していると、賑やかな声が聞こえてきた。来たみたい。
「誰だ、アンタ」
「この方はこの寮の管理人で…」
「まあまあ、もう出てくから安心して。引継ぎの為にいるだけだし」
「え!?」
水色の背の高い男の子がわたしを見て当然の疑問を投げかける。それに答えると、紡ちゃんがめちゃくちゃ驚いていた。何故だ。
「なまえちゃん、お出かけですか?」
「えっ、言葉通り…退寮するんだけど…」
「えっ!?」
口を抑えて目を見開く紡ちゃん。あれ、なんかおかしい。
困ったわたしは7人の入寮者を見てみたけど、彼らも事情がわかっていないらしい。どうしよう。
「なまえちゃん、寮を出ていくって…どうしてですか? 何か不都合がありましたか?」
「え、だってわたしの仕事無くなるし…出てくもんだとばっかり…?」
「なまえちゃんの仕事は無くなってません、安心してください!」
あ、そうなの?
なんだ、わたしの勘違いか。よかったー、暫く友達の家に厄介になる覚悟だったけどそんな必要は無さそう。
「じゃあわたしはここに住んでていいんだね?」
「もちろん!」
「よかったー」
安堵の息を吐くと、紡ちゃんも「勘違いで良かったです」と笑ってくれた。うんうん、可愛い。
「よくないでしょう。私達はアイドルです。それなのに寮に若い女性が住んでいるなんて、何か間違いが起きたら…」
「安心して、わたし年下に興味ないから」
「お姉さんにキョーミなくても、思春期の男の子たちは年上のお姉さんに興味あったりするかもな?」
「そもそも幾つですか?」
「22だけど」
それまで黙っていた何人かが口々に「見えない」「嘘だ…」「俺と同い年くらいだよな?」とか言い出すのが聞こえる。ちゃんと成人してるっつーの!
「まあわたしの部屋は外の階段登ったとこだから、きみ達の部屋とは離れてるし」
「しかし…」
「まあまあ、社長が何も言わなかったってことは大丈夫なんだろ?」
黒髪の子はあんまり納得していない様だったけど、背の低い子の言うことに小さく頷いた。よかった、追い出されずに済んで。
「じゃあとりあえず自己紹介ね。わたしはみょうじなまえ。この寮の維持管理をしてます。設備のこととか備品のこととか─給湯器が壊れたとか、電球が切れたとかそういうことね─があったら、何でも言って。洗濯とか掃除とか、嫌じゃなければするけど嫌だったらそれも言ってくれると助かる」
わたしの言葉にそれぞれが頷いたのを確認して、右端の子に目線を向けた。その後から順に名乗ってもらう。うーん、覚えれるかなあ。
「じゃあみんな、よろしく。紡ちゃん、悪いけどわたし今日は外に泊まるからみんなに寮の案内しといて貰ってもいいかな?」
「はい! あの、どちらへ?」
「友達のとこ。寮をでなくちゃいけないって勘違いしてたから、頼み込んで暫くお世話になる約束してたんだ。それがなしになっても、今日は一緒にご飯作るって約束しちゃったからさ。ごめんね?」
「いえ、こちらこそ! 伝達不足でご迷惑お掛けしてすみません…。楽しんできてくださいね!」
「はいはーい」
紡ちゃん、いい子だ。高校卒業したばっかりの子があんないい子でいいの?
わたしは荷物を抱えて玄関へ向かった。
「それじゃ、これからよろしくねー」