「――今日までの間、皆さんご苦労様でした」
今からひと月前。朝礼が開始して早々に告げられた突然の倒産報告。質の悪いドッキリ企画かと思ってたけど直属の上司の青ざめた顔を見る限りそうではないようだった。
次の就職先が見つけるまでの間面倒を見てもらえるのかとか、最後まできっちり給料はもらえるのかだとか。不安の声が消えないまま一カ月が経ち、ついに迎えてしまった最終出勤日。
都会での生活に憧れて高校卒業を機に上京して4年間務めた会社での最後の仕事はデスク周りの片づけ。
大事な書類等は役職名がついた言わば上の人間がするとのことで私たちのようなペーペーは私物の片付けと掃除だけ。
先輩から一通り片づけと掃除が終わったのであれば帰って構わないらしいと聞いていたのだけど、あれやこれやと雑用等を押し付けられ結果として誰よりも残って後片付けをする羽目になっていた。
「(……――疲れた)」
「もう何もしたくない……」と独り言ちながら休憩スペースの椅子に腰かける。
他の皆はもうすでに帰ってしまったのだろうか。静か過ぎる空間で誰もいないことをいいことにボーっとしていたが、ヒールのかかとを鳴らす音が近づいて来ていると気づき慌てて姿勢を正した。
休憩スペースに現れたのは見たことのない女性――多分他部署の人だと思う――だった。これから帰るところなのかトートバックが肩にかかっている。
そばを通りかかる際に女性に向かって「お疲れ様でした」と言いながら頭を下げる。私から声をかけられると思っていなかったのか女性は一瞬目を丸くしてから「あ、うん」と言って足を止めた。
「まだ帰ってない人いたのね」
「っていうことは他の皆は帰っちゃってるんですね……」
「とっくに帰ってるって。あなたは何で残ってんの?」
「い、色々してるうちにこんな時間に」
「――……他の人間の分まで片づけ押し付けられたとか?」
「そんなところです……」
ゴニョニョと呟く私に対し「ふーん」と興味なさそうに相槌を打ちながらトートバックの中を漁る女性。歳は私より少し上くらいに見える。
目当てのものを見つけたのか「はい」と言って女性が取り出して見せたのは500mlのペットボトル飲料――社内の自販機で売ってるミネラルウォーターだった。
「遅くまでご苦労様。良かったら飲んで」
「いいんですか?」
「ダメだったら渡さないわよ。……――ま、”それ”飲んでこれから頑張ってね」
「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
優雅に手を振って去っていく女性を見送ったあと渡されたミネラルウォーターを改めて見てみた。初めましてで且つこの先会うこともないであろう人間相手にスマートに親切にできるなんて……!
「是非とも見習いたい……」と感動しつつご厚意に甘えてペットボトルの蓋を開けてミネラルウォーターを口に含んだ。
疲労感のせいか、はたまた親切にしてもらえたことで高揚しているからなのか。とにかく女性から頂いたミネラルウォーターが特別美味しく感じる。
あっという間に空になったミネラルウォーターの容器を潰しながらごみ箱を探している途中、床に何か落ちていることに気づき近づいてみる。
「(社員証……?あ、違うな)――……入館証?」
拾ってじっくり見てみると、どうやら都内で有名な博物館の入館証のようだった。
社員IDのような番号が書いてあるから博物館の職員のものだと思うが、名前が書いてない。プライバシー保護のためとか?
「(でもこの____本丸ってどういう意味だろう)」
「本丸って日本のお城のことだったような……」と乏しい日本史知識を捻り出してみるけど何も浮かんで来ない。意味もなく首を傾げていると背後から「なんだ、まだ残ってたのか」と声をかけられた。直属の上司だった。
「まだ何か雑用押し付けられてるのか?」
「それは全部終わらせたんですけど……」
「これ何かなって見てたところで」と言って博物館の入館証を両手で持って見やすいように差し出せば覗き込む形でまじまじと見ていた。が、ものの数秒で「……俺にはよくわかんないな」と入館証から視線を離されてしまった。
入館証を見つけたタイミング的に先ほどの親切な女性の物の確立が高い気がするけど、入館証には名前が書いていないし女性がどこの部署の人だったのかもわからない。
会社内で顔が広い直属の上司でさえわからないって言っていた。……となると博物館に直接行って届ける以外この入館証を持ち主のもとへ返す方法は思いつかない。
「(今日はもう遅いから明日博物館に行ってみよう)」
「……人が好いのも結構だけどな、何でもはいはい言うこと聞いてれば良いってわけじゃないからな」
「は、はい」
「上司からの最後のありがたいお小言だと思え」「ま、お前と仕事出来て楽しかったよ」「お前も早く帰れ」そう言い残して上司が去って行く。
上司の姿が完全に見えなくなるまで見送ったあと、私も帰ることにした。
もちろん、潰したミネラルウォーターの容器はごみ箱に捨てて。
【白昼ニ夢ヲ見ル】
「――……おぉ、」
遠目からでもわかるくらいに立派な建物が視界に入った瞬間、思わず間の抜けた声が零れた。
都内で有名な某博物館。実を言うと上京してから4年経つにも関わらず一度も来たことはない。
如何せん歴史が苦手な上に興味も薄いせいでとくに理由がない限り一生縁がない場所だと思っていた。
「(せっかく来たんだし入館証を無事に届けた後でゆっくり館内見てから帰ろう)」
「早く中に入ってみたいな」と胸を躍らせながら、入場券売り場のスタッフさんに一先ず声をかけることにした。
「あの、」
「入場券をお求めですか?」
「それもあるんですけど、その前に……」
「これを、拾ったんですけど」と言って昨日会社の休憩スペースで拾った入館証を差し出した。もしかしたらきちんと手続きを踏んでから届けなくてはいけないのかもしれないけど、博物館のスタッフさんに渡しておけば何とかなるだろう。
アクリル板の向こう側にいるスタッフさんに入館証を渡すと、スタッフさんは私と入館証を交互に見つめたのちに「どこでこれを……?」と小さい声で聞いてきた。
スタッフさんの問いに「会社の休憩スペースで見つけて。あ、でも昨日潰れちゃったんですけど、会社」と苦笑いをしながら返す。てっきり「わかりました預かっておきます」という返事が来ると思っていたのだけど。
「……すぐに”上の者”に連絡を取りますので、こちらで少々お待ちいただけますか」
「え?あ、はい」
……やっぱりちゃんと手続きしないと返しちゃいけないものだったのかな。
アクリル板の向こうで備え付けの通話機を使ってどこかに連絡を取り始めたスタッフさんを眺めること数分。上の人との会話が終わったのか「お待たせいたしました」と声をかけられた。
「これから係の者が案内に来ますので、もうしばらくお待ちください」
「は、はい……」
「どこに行けばいいのか教えてくれれば自分で行くのに」なんて思っているうちにスーツを着た男性が入場券売り場にやって来た。彼が案内してくれる係の者らしい。
「では、こちらへ」と案内されたのは博物館の中だった。 STAFF ONLY と書かれた扉を抜けると事務所があった。しかし案内係の彼は事務所を素通りしてその奥にある階段を降りるようにと促してきた。
案内されるがまま何も考えずに着いてきてしまったけど、果たしてこのまま着いて行って大丈夫なのかと急に不安になってきた。だってこれから降りる階段すごく長いし……!
とは言え今更後戻り出来そうにもないので大人しく着いて行くしかないのだけども。
長い長い階段をようやく降り終わると、再び現れた STAFF ONLY と書かれた扉。案内係の彼がカードキー――私が拾った入館証に似ている――を掲げると解錠する音が聞こえた。
「どうぞ」
「…………――」
先に入るように促され、恐る恐る扉をくぐった先にあった部屋は応接間のようだった。部屋の真ん中に大きな革張りのソファーが置いてあり、そこに座っていたスーツを着たオジサンと目が合った。ここまで案内してくれた係の人よりも威厳を感じる佇まいで、思わず背筋が伸びてしまう。
「初めまして。わざわざ足を運ばせてしまって申し訳ない」
「い、いえ……」
「あぁ――。”それ”は此方で預かっておこう」
「大事なものなんだ」
そう言って私が持つ入館証に手を伸ばしたオジサン。大人しく渡すと「ありがとう」と微笑まれた。
とくに手続きとかをする様子もなさそうで、ただ渡すだけで良かったのであればチケット売り場のスタッフさんが相手でも良かったのでは……。
わざわざこんなところまで連れて来られた意味があったのだろうか……なんて考えていると。
「お茶でも飲んでもらいたいところだが時間が惜しくてね。詳しい話は”向こう”で聞いて欲しい」
「……?」
何の話だろう。オジサンが言ってることが理解できないまま首を傾げている私を他所に話は続いて行く。
「――何せ最近出来たばかりの組織でね。新人の君には酷なことだが人手が不足している以上こちらも手段を選んでいられないんだ」
「わかってくれるね?」そう続けるオジサン。「何1つとしてわかってねぇです!」と突っ込みを入れたいところだけど口を挟める雰囲気でないことは理解出来る。
もしかして誰か別な人と勘違いされてるのでは。だったら「私ここの博物館の入館証届けに来ただけなんですけど……」と言えれば……!
「あ、あの!多分誰かと勘違いされて――」
「____本丸を、よろしく頼むよ。――……”後任の審神者”」
私の言葉に被せるように……ていうか私に喋らせる気ないだろという勢いで話してくるオジサン。今更だけどこの人誰なんだろうという疑問が浮かんだけど彼の口から聞こえた「____本丸」という単語に意識はそれへ全振りした。
「あの!____本丸って何なん――」
「____本丸へと強制送還!急げ!」
「話聞いて――」
「くれません!?」と私が言うよりも早く突如として足元が光を放ちだした。「えぇぇぇ!?」と驚いてる間に体が眩しい光に包まれていく。
◆
「……本当に良かったんですか。無理やり本丸に送り込む形を取ってしまって。――しかも、現世と本丸を繋ぐ”道標”まで取り上げて」
眩い光が消えたのち。応接間に残されたスーツ姿の男性――香夏子を応接間に案内してきた男性――が口を開いた。
「彼女、本当に何も理解していないようでしたが」と気遣いの言葉を口にしている割に顔に浮かぶ表情は無である。
そんな彼の問いに対しもう一方のスーツ姿の男性は「やむを得ないさ」と返した。
「先ほども言ったが今は時間が惜しい。……歴史の分岐点となる時代に次々現れる時間遡行軍に対し、”審神者”があまりにも少なすぎる」
「彼女には悪いが、審神者になれるだけの霊力がある人間をみすみす手放すわけにはいかないんだ」そう続けながら、自身のスーツの内ポケットに手を入れた男性。取り出したのは”道標”と呼ばれたもの――香夏子が渡した入館証だった。
「まぁ、ある程度審神者としての実績を残せるようになれば本人の意思で現世と本丸を行き来できるようにしてあげるさ」
「……”前任”の彼女の処遇は」
「もちろん、もう決まっている」
「後任の審神者を任せられる人間を見つけここ――時の政府現代支部――へ連れて来れば、”これまでの愚行”は不問にする。とな」
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