「「御馳走様でした」」
思わず揃った声にお互い意識するわけでもなくなんとなく目が合ってしまう。
「豚カツすげー美味かったぜ!」と満足したように笑みを浮かべる山本。
どう聞いてもお世辞ではない正直な感想に気恥ずかしさを覚えるも、嬉しいのもまた事実であり香夏子も思わず笑みが零れた。
空になった茶碗やら皿などを重ねて持ち上げる山本に「あ、私片付けるからいいよ」と手で制すが返ってくるのは「いいって」という遠慮の言葉。
「いやでも山本君やりたいこととか……」
「それ」
「へ?」
「その山本君ってやめてみねぇ?」
香夏子の方に向けられた山本の人差し指。いや、何をやめるって?と首を傾げていると口角を上げ「山本君って呼び方」と言われた。
「これから一緒に暮らすんだから名字呼びじゃ他人行儀に聞こえると思ってさ」
「親父も”山本”だしな!」と続けるその表情はまさに爽やかな好青年そのもの。
そりゃまぁ親子なんだからおじさんも山本に違いはないんだけどという突っ込みは心の中だけにするとして。
「(名前で呼ぶ?私が?山本君を?)」
教室で山本の名前を呼び、次の瞬間にクラスの女子の鋭い視線を浴びるところまで想像すると謎の寒気が襲ってきた。
(いやいやいやいや――!)
想像しただけでこれほどダメージを受けるのだ。現実にやってみたところで香夏子の学校生活は一瞬にして終焉を迎えてしまうだろう。
「で、でもおじさんのことはおじさんって呼んでるから、区別はつくんじゃないかなーって……」
「そりゃそーなんだけどせっかく一緒に住んでんだし名前で呼んだ方が親睦も深まるだろ?」
「俺も辻本のこと名前で呼ぶしさ!」と言いながらさりげなく皿洗いを始める山本。
名前呼びの抵抗と結局夕飯の跡片付けをさせてしまっていることへの申し訳なさとで俯きながら洗い終えたばかりの皿を拭いていると。
カチャカチャという陶器のぶつかる音が止まったと思い顔を上げてみれば何故かジッと見つめられていて思わず心臓がドキリと鳴った。
「あの、」
「俺の名前呼ぶの、イヤか?」
「え、あ……、その……」
「(正直すごくイヤです)」と言いたいところだが山本の香夏子を見つめる表情を前にそんなこと口に出せるわけもなく意外と頑固なんだなと思うだけに留まった。
「い、イヤじゃ、ないです……」
「そっか!じゃ、これからよろしくなー香夏子」
「よ、よろしくお願いします……?」
名前を呼んで満足するのかと思いきや中々皿洗いを再開しようとしない山本。その上再びジッと見つめられている。
何か間違った返事をしたのだろうかと戸惑っていると、スポンジの泡がついた指で自分自身をさし「俺は?」と口を開いた。
「へ?」
「俺のことは?」
「えっと……、た、武君?」
「正解!」
香夏子が山本の名前を口にすると、ようやく満足したのかニカッという効果音が似合う笑みを浮かべ皿洗いを再開していた。
一人置いてけぼりな気もするが、山本が満足しているようだからそれでいいのだろうと納得し香夏子も洗い終えた皿を拭く作業に集中する。
「(明日から大丈夫かな……)」
「クラスの女子から嫌われるのイヤだなぁ……」と内心涙ぐみながらもまぁなんとかなるかとあっさり開き直り隣で楽しそうに皿洗いをしている山本をチラと盗み見る。
昨日の今日で今だに実感が湧かないが、クラスの人気者とこうして同じ屋根の下で並んで立って食事の後片付けをしている。
嫌な顔一つ見せず部屋を提供してくれた上に香夏子を歓迎してくれるその懐の広さ。何度も言うが、そこが人気者たる所以なのだろう。
これまでただのクラスメイトで皆からの人望の厚い人物としか見ていなかったからか思いのほか強引で頑固なのだという一面に新鮮味を覚え妙にウキウキしていることに気づく。
「(なんか、ちょっと嬉しい?)」
何故か嫌な気はせずむしろ喜んでいる自分にこっそり首を傾げるのだった。
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