緩やかにそよぐ風に流されていく髪を抑え、香夏子は辺りを見渡した。
青々とした草木が広がる風景はピクニックにでも来ない限り見られることはないだろう。


「(なんで私、こんなところに……)」


夕飯のおかずにと作ったミルフィーユ豚カツが山本家では好評で、ほくほくとした気持ちになりながら布団に入ったのがつい先ほどだった気がするのだが。

目に映る風景がどこか靄がかかっていることに気づきこれが夢のだと理解する。
なんともファンシーな夢だなと思いつつ他に誰かいないかを確認するため足を動かした。
簡単に周囲を見渡すぐらいでは香夏子以外の人物を目視することができず、もう少し歩いてみるかと足を進めていると。

背後から雑草を踏みつけたときの独特の音が聞こえた。
他に誰かいたことへの喜びなのか、はたまた少しの怯えからか勢いよく振り向いてしまうとそこには香夏子よりも驚いた顔をした幼い少年が立っていた。


「お、驚かせてごめんね!?」
「ううん……。あなた、どうしてここに?」
「ど、どうして……?う、うーん……、なんでかなぁ」


「(布団で寝てたはずなんだけど気づいたら夢の中に……いや待てよ夢ってどうやって見るんだ?)」


少年の何故ここに?という問いに答えるつもりだったのだが見事に思考が逸れまったく関係のないことに「うーん?」と悩み始めてしまう。


「授業で習ったような習ってないような……。レム睡眠とノンレム睡眠とかいう言葉があってね
もういいですよ
「あ、そう?」


中々夢の世界に来た理由を答えられなかったせいか少年から「もういい」と言われてしまった。
期待に応えられなかった上に自分よりも幼い彼に幻滅されれたことだろう。

内心ショックを受けていると少年が何か言いたそうにしていることに気づき「どうかした?」と問うてみる。


「ここ……、ここは僕の作り出した幻想世界。だからあなたが僕の世界にやって来たことが不思議なんです」
「へ、へぇー。そうなんだぁ」


幻想世界ってなに!?と聞きたいところだがこのくらい幼い子供は不思議なことをよく言うと聞くし何よりこれは夢。少年の摩訶不思議発言もおかしいことではない。

なんとか口元を笑わせて「ここでいつも何かしてるの?」と聞けば「散歩してます」と返される。
散歩以外には?と問うてみるもそれ以外はすることはないのだとか。


「(なんというか、)」


見た目の年齢から言えばまだ五歳くらいだと思うのだが、香夏子の知るそれくらいの歳の子に比べて妙に落ち着き払っていることの方が不思議である。

よくよく顔を見てみると端正な顔立ちでしかもオッドアイ。容姿と落ち着いた性格も相まってどこか浮世離れしている。きっと大人になったときにはさぞや美少年と騒がれることだろう。


「ねぇねぇ。良かったら私と一緒に遊ばない?」
「あなたと?なぜ?」
な、なぜ!?


散歩しかしたことがないと言うから香夏子もいることだしどうせなら二人で何か楽しく遊ぼうと声をかけたのに返ってきたのはまさかの何故。


「(いやまぁ急に現れた知らないオネーサンに遊ぼうとか言われたら困るか)」


知らないと言えば、少年の名前を聞いていなかったことを思い出し口を開く。


「私は香夏子。辻本香夏子。君の名前は?」
「六道骸です」
「骸君かー。骸君さ、どうせだから遊ぼうよ。せっかくこんな素敵な場所にいるんだもん」
「素敵な場所……」


素敵という言葉に反応した少年――骸。
そう言えばここは彼が作り出した(らしい)世界だということを思い出しもう一度「素敵な場所だよ?」と言えばほんのり頬を赤くして俯いてしまった。

今までの落ち着いた雰囲気のせいか、骸のその行動が珍しく思えてふふっと笑い声が零れる。


「何しようかなぁ。二人だから鬼ごっこもかくれんぼもつまらないし……。あんどこ大会とか?
「あ、あんどこ……?」
「え――。あんどこ知らない!?


「あ、あんたがたどこさ!ひごさ!ひごどこさ!って歌聞いたことない!?」と必死に説明するも骸の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
かの有名な狸のアニメ映画の劇中でも歌われており……というより大体は皆それで知るのだと思っていたのだが。


「(そ、そうか……。骸君くらいの歳の子だとぽん○こ見たことないのか……)」


ジェネレーションギャップを痛感しながら他に二人でできそうなことを考えていると「あの、」と控えめに出された声。


「僕、そのあんどこってやってみたいです」


「教えてください香夏子」と見上げてくるその表情はまさに五歳児のもの。
断る理由も迷うこともなくむしろ本当にいいの?と聞きたくなったがそっと飲み込んでおく。

浮世離れした将来有望そうな少年が、年相応に未知の遊びに興味を持ってくれたのだから。


「じゃぁやってみよっか!骸君私の前に立って、ちょっとだけ横にずれてね」
「ここ?」
「そうそう。で、私がゆっくり歌うからそれにあわせて――――」


幻想的な大草原で、愉快な歌詞が響き渡る。
互い互いに反対方向へ左右や前へぴょんぴょん飛ぶ。
失敗しては真正面からぶつかり、失敗しちゃったねと苦笑いを浮かべる。

夢であるはずなのに、それがとてもリアルで、とにかく楽しくて。

夢中で遊び続け、骸も歌詞を覚えてくれたため二人で一緒に歌えるようになったときには正面からぶつかることもなくなっていた。


「はぁ――!遊んだねぇ。骸君楽しかった?」
「はい。初めてやったけど、楽しいと思いました」
「そっか。ならいいや」


「(私だけ楽しんでたらどうしよかと――)」


少年に気を遣わせていたのではないかと様子を窺ってみたが頬の紅潮から本当に楽しかったのだと安心する。


「香夏子」
「なぁに?」
「香夏子に、また会うことはできますか?」


何故骸が急にそんなことを聞いてきたのか理解できずに一瞬思考が止まる。
ただなんとなくだが、もうお別れの時間が近づいているような、そんな気がして骸の問いかけも理解できた。

香夏子も心のどこかで、再び骸に会えることを期待していたのかもしれない。


「骸君がそう願うなら」


そう口にした途端、視界が真っ白に染まっていき果てにはシャットアウトされる幻想世界。


「――――……」


次に目を開けたとき、視界に映ったのは山本の部屋の天井。

やはり先ほどのことは夢だったのだと再確認して上半身を起こし隣を見れば山本は今朝もすでにいなかった。


「(ふしぎな子だったなぁ)」


別れの言葉は言えなかったが、香夏子の言葉に嬉しそうに笑っていた骸を思い出すと自然と笑顔になる。


「骸君が、願うなら……か」


PREVTOPNEXT
INDEX