不思議な夢を、見たことはありますか――――。












何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。

理解できるのは、この真っ暗な世界は自分の見ている”夢”なのだということだけ。

この”夢”を見るのは、もう何度目だろう。物心がついた頃には、見ていた気がする。

歩けど歩けど出口は見えてこない。この暗闇から抜け出すには、目を覚ますしかない。

疲れはない。”夢”だから。それでも、果てのない闇を毎晩歩き続けるのは、もう飽き飽きしていた。


「(はやく、朝が来ないかな)」


疲労の感じない体を投げ出し眼を閉じる。そうすれば長い時間はかかるが、この暗闇から抜け出し朝を迎えることができる――。


――――………っすん。


そう思っていたのだが、かすかに耳に入ってきた音。
この”夢”を見るようになってから、初めて聞いた音。
自分の足音さえ聞こえないこの世界で、初めて聞いた音。
体を起こし、耳を澄ますように目をつむる。


……っぐす、………――ぐすん。


泣いている声だ。そう確信して足を動かす。
聞こえるはずのない心音が、逸る鼓動が、自分の荒い呼吸が足音が、聞こえてくる。
長い距離を走ったつもりはないはずなのに、肩で息をする自分の目の前に。うっすらと光を放ちながら膝を抱えてる子供がいる。


「(尻尾が、ある…………、)」


顔は見えない。体の小ささから自分より年下だろうと判断する。そもそも人間なのだろうか。

ドキドキとうるさい心臓を押さえながら、一歩近づいてみる。足音が鳴る。子供の尻尾が反応した。見えた顔は、間違いなく人間だった。


「だ、だれ…………?」
「私はことは。あなたは?」
「ぼ、ボクは孫悟飯です」
「ごはん?」
「はっ、はい……、」


「変わった名前だなあ」と思いながらも、ことはは「悟飯君ここでなにしてるの?」と聞いた。
孫悟飯と名乗った幼い少年は「わかんない……」と首をふるふると横に振った。


「ボク、緑のおじちゃんに知らない場所につれて来られて……、でも置いてけぼりにされちゃって悲しくて泣いてたの」


「そうしたら眠くなってきて、気づいたらここにいたんだ」悟飯はそう言った。


「ことはさんは?どうしてここにいるの?」
「私もわからない。寝るとね、いつもここに来るの」


何もない暗い世界を見渡すように首を動かしながらことはは言うと、「いつも?」と首を傾げサァーと顔を青くした悟飯。
悟飯の顔色の意味がわからず、今度はことはが首を傾げる。気を悪くするようなことを言っただろうか。
そう思ったが違ったようで、悟飯は「こんなところにいつも一人でいたら寂しいじゃないか!」と大きく口を開いた。


「寂しい?」
「そうだよ!だってことはさん一人なんでしょう?」


「う、うん……、」


「一人ぼっちじゃ寂しい」そんなことを言われたのは初めてで、そう感じるのも初めてだった。”夢”なのだから仕方ない。ずっと自分に言い聞かせてきたのだ。
しかし「寂しい」という感情を自覚したところで、どうしようもない。
眠ればこの”夢”は毎晩は見てしまう。ことはが嫌がって「見たくない」と拒否したところで、どうにもならないのだ。
そう思いつつも、自分から話を逸らすためにことはは「悟飯君は、寂しいの?」と問いかけていた。答えはもちろん応。悟飯は再び目に涙をため「一人はイヤだよぅ……、」と呟いた。


「寒いし、暗いし、このままじゃボク寂しくて死んじゃう…………、」
「………じゃあ、私とお喋りしよう」
「へ?」
「真っ暗だし何もないけど、二人でお喋りしてたら、きっとそんなことどうでも良くなるはずだから」


自分よりもまだ小さい体に向かって「ね?」と手を伸ばしてみる。

拒絶されるかもしれない――。そんな不安がことはの中に浮かんでくるも悟飯はあっさりその手を掴んでくれた。

お互いの顔に「えへへ」「ふふっ」と笑みが零れる。








「ことはさん、明日もまた会える?」


先までこぼしていた涙もどこへやったのか、悟飯は「会える?」と首を傾げた。ことはは「どうかな、」と目を逸らしてしまう。

ここはあくまでことはの見ている”夢”の世界。
何故悟飯がことはの”夢”に出てきたのかはわからない。
きっと明日も明後日もその次も延々とこの”夢”をことはは見続けるに違いないが悟飯と出会えるとは、限らない。

ぎゅっと唇を結び、「明日も会えるかなんてわからない」と今にも自分の口から出てきそうな言葉を抑えこむ。
そんなとき、ことはの手に柔らかい何かが触れてきた。驚き視線を落とすと、小さい手のひらに覆うように握られていた。


「悟飯くん、」
「ボク、またことはさんとお話したいことっぱいあるから、明日もくるよ」


またねことはさん!


手を大きく振って去っていく悟飯に、ことはも戸惑いながらも「ま、またね」と手を振り返した。

その日迎えた朝は、いつもより清々しいものだった。


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