君が暖かすぎるから
「何してるの?名前ちゃん」
探偵社のソファに座り難しい顔をしていると、太宰が話しかけて来た。顔を見るとかなり寝不足と云った表情で、此処に来た目的が窺える。
「編み物ですよ。マフラーを作っていて……すみません、今避けます」
「否、其の侭で良いよ」
太宰は避けようとした私を制し、隣に座った。眠そうな表情は変わらず、此方の手元を覗き込む。
「へえ。器用なものだねえ。名前ちゃんは不器用な印象だったけど」
「如何云う意味ですかそれ」
「やだなあ、褒めているのだよ?不器用な処がまた可愛らしいって」
「国木田さーん!太宰さんがさぼってまー……」
「何で!?待ってやめて!!名前ちゃんの照れ隠し怖い!」
慌てる太宰を横目に編み物を再開する。
暖房による暖かさが探偵社を包み込んでいて、睡眠を十分に取っている私でも眠気を誘われる程だった。
隣に座る太宰も目を閉じる。此処の処、珍しく真面目に仕事をしていた。疲れているのだろう。
「……矢っ張り、私避けますね」
「……ん」
くいっと袖を引かれる。彼はふるふると首を横に振った。この侭で良いのだろうか……横になった方が良いと思うのだけど。そう思いつつ作業していると、ぽすっ、と肩に乗ってくる物が有った。
太宰は小さく寝息を立て乍ら、此方に寄りかかって眠り始めた。
「……はあ」
小さく溜め息を吐く。膝の上に置かれた編みかけのマフラーと、体の横からじわじわ広がる人の温度が相俟って、とうとう私も作業を放棄した。眠くて眠くてしょうがない。
少し横を見ると、黒い蓬髪が目に這入る。
無防備だねえ、と何時も云われていた。名前ちゃんって、隙だらけだよね、と。
一寸仕返ししてやりたくなった。髪の毛をそっと撫でてみる。然し起きられたら何を云われるか判ったものではないから、本当にそっと触れるだけ。恐る恐る過ぎて触っている感覚が無かったが、少しだけ満足した。如何だ、貴方だって隙だらけだ。
目線を下に向けると、彼の手の平が投げ出されている。ふと思い付いて、太宰の手に、自分の手を重ねてみた。少しだけ開いているそれに、恋人の様に指を絡めてみる。女性の様に綺麗なその手は真っ白で、でも確かに熱を持って居た。
と、その手に僅かに力が籠り、握られる。指を絡めていた手が完全に恋人繋ぎに為った。
思わず視線を上げて、そして気付いた。
隣の男の肩は僅かに震えていた。口元は微かに歪んでいる。
それが完全に、揶揄っている際、笑いを堪えている時の物だったから―――また、云われている気がした。隙だらけだね、と。
しょうがないでしょう。繋がれた手を見て思う。だって貴方にこう云う処が有るから。
改めて手を握り返すと、寄りかかっている体がほんの少しだけ、甘える様に擦り寄って来る。
貴方がそんなだから、無防備になったってしょうがないでしょう。心の中でそう呼びかける。
何時もだったら、私が怒り出すか、一緒に笑うか、太宰が揶揄い続けるかのどれかなのだけど、二人とも眠気が勝っていて、静かに、ただ寄り添っていた。
仕方ない。今日はもう少し休憩。だって暖かいんだもの。
そう思い、黒い髪に頬を乗せて、温もりの中で目を閉じた。
(2016.11.22)
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