放って置けない君が悪い
「『今日は中原さんがお茶を奢って下さいました。とても美味しかったのですが、何より中原さんの優しさが身に染みました』」
「『中原さんが帽子を落とされてしまったので拾って差し上げると、お礼を仰ってました。私はそれを聞いてとても嬉しく思いました』」
「『街で中原さんを―――「もういい、もういい」
横浜のとある喫茶に座る二人の男女。昼過ぎの喫茶店にしては珍しく人も少なく、客はこの二人だけだ。朗々と日誌の様な報告書を読み上げる女性を遮ったのは、ポートマフィア幹部の一人である中原中也その人である。
「毎度の事だがよく報告出来たなそれ」
「何を仰るのですか、中原さん」
そう応え、ふわりと笑うこの女は、武装探偵社の一社員である名字名前である。
「社長は何時も私の報告書を楽し気に読んでいらっしゃいます」
「報告書ってのは楽し気に読む物じゃ無えぞ」
「こうして中原さんとの思い出を纏め、報告するのが私の仕事ですし」
「敵組織の幹部と親しくなって情報を盗るんなら立派な探偵の仕事だな」
「でしょう!?」
「敵にその報告読み上げてる時点で探偵として駄目だろ。……全く」
呆れたように名前を見やり、珈琲に口を付ける。入店時に注文したそれはとっくに冷めてしまっていた。
「手前は探偵なんざ根本的に向いて……」
「えっ、向いてますよね」
「………………」
「向いて……ますよね」
「向いてる。向いてるから泣くな」
「泣いてませんんん……」
中原は何処と無く疲れたように溜め息を吐いた。
名前と出会ったのは半月ほど前だ。
夜の街を歩いていた中原に突然話し掛けて来たこの女は、有ろう事か自分から探偵社員だと名乗り。
『ポートマフィアの方と仲良くなりました!これで私も社に貢献出来ます!』
最初は油断させる為の演技か等と散々疑ったが、間も無く莫迦莫迦しくなって考えるのを止めた。
「……うふふ〜」
「何だ気持ち悪ぃ」
「いやあ、こんな私に付き合って下さってる中原さん優しいなあって」
「……五月蝿えな」
言葉に詰まりそっぽを向く。
頭の中では数日前の青鯖―――もとい元相棒の話を思い出していた。
『名前ちゃんは探偵としては偶に驚くべき才能を発揮するのだよ。私が教えていると思って連絡してきたんだろうけど、君の居場所まで割り出したのは彼女自身さ。気を付けてくれ給えよ?名前ちゃんを傷つけたら探偵社が完全に敵に回るからね、休戦状態とか関係ないから。あ、彼女とお茶したんだって?一寸羨ましいんだけど何で中也となんか―――』
「中原さん?如何しました?」
『名前!名前と申します、中原さん!』
名前の方に視線を戻す。純粋そうな瞳が此方を見つめている。
この女が探偵として油断ならない才能を持っていることは度々感じていた。放って置けばどんな脅威になるか判らない。
『お友達に為って下さるのですね!?』
だから、こうして付き合ってやっている。それだけ。それだけだ。
『優しい方なのですね、中原さん』
「……何でも無えよ」
この女を見ていると込み上げてくる感情など、ただの錯覚に違いない。
(2016.11.10)
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